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もし日本の文明が滅びるとすれば…天災でも戦争でもない 昭和48年「サンケイ抄」 プレイバック「昭和100年」

産経ニュース 2024年9月29日 8時50分

すっかりふとっちゃった作家の開高健さんが釣り道具を投げ出して「いったい日本はどうなるのだろう」と嘆息するテレビCMはなかなか秀逸だったが、惜しいことに放映中止になった。

▼その理由は、フィルムの舞台になった北海道の根釧原野に、どっと釣り人がつめかけたためだそうだが、そのことはどうでもよろしい。書きたいのは、例のCMがなぜウケたかということ。〝日本はどうなる?〟という嘆息が、この世の行く末がどうやら怪しくなったぞという人びとの直感と一致した、と見たがどうだろう。

▼とにかく〝終末観〟が世をおおっている。一種の無常・末法思想といってもいい。地球のエネルギー資源が底をつき、公害が世界を包み、異常気象による飢えの時代が来る、などと言われる。とくに日本列島は大地震や噴火による〝日本沈没〟のSF的恐怖におびえている。

▼ボーナス景気に酔う日曜日、北海道東部を襲った強震で〝終末観〟も頂点に達した感じがしないでもないが、もし日本が〝沈没〟するとしたら、それは〝天変地異〟だけによるものだろうか。旧約聖書にでてくる背徳と享楽の都市ソドムとゴモラは、道徳的退廃のために天の火によって滅ぼされた。

▼バビロンが崩壊したのも、天災でも戦争でもない、人為的な原因によった。古来、地上には二十個ばかりの文明が栄えては滅び去ったが、文明史家トインビーによると、その滅亡の兆候は「新聞の見出しになるような、戦争でも、革命でも、虐殺でも、飢饉でも…なかった」。

▼「究極において歴史を作るものは、目に見えない、ハカリにかけられない、ゆるやかな水底の動き」であった、とある。もし日本の文明が滅びるとすれば、例えば走る車の窓から平気で空きカンを投げ捨てるような〝水底の荒廃〟から、ゆっくりとはじまるかもしれない。さて、後世の史家はどう日本を〝検視〟することか。

(昭和48年6月19日)

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