学生街の老舗中華料理店が6月、突然休業を発表した。東京・早稲田の「メルシー」。町中華として、気軽な食堂として、学生らの胃袋を満たしてきた。惜しむ声がやまないなか、10月、再び暖簾(のれん)を掲げると、行列ができた。苦境を越え、提供される不変の味。再開に沸くメルシーの「今」を訪ねた。
従業員が退職し…
6月下旬、来店した常連客に渡された手紙。「いったん店を閉める」と書かれていた。昭和33年の開店以来、60年以上親しまれてきた店の休業を多くのファンが残念がった。
「休業のつもりだったが、『閉店』という言葉が独り歩きして…」
店主の小林一浩さん(63)は当時をこう振り返る。
休業を決めた理由は「人手不足」だった。2人の従業員がいたが、どちらも体調を崩して退職。小林さんは妻と2人で店を切り盛りするのは難しいと判断したという。だが復活を望む声は多く、休業中、店のシャッターに「頑張ってください」「また食べに来ます」などの寄せ書きが集まった。「うれしかったし、勇気をもらえた」。小林さんは話す。
転機が訪れたのは8月下旬。従業員を募集すると、学生を含む5人から応募があり、営業再開のめどが立った。再開当日は開店前から20人ほどの行列ができた。
「『再開してくれてありがとう』って、みんな喜んでくれて…」
苦境を乗り越えたメルシー。活気が戻った。
ラーメンは600円
再開にあたり全品50円の値上げに踏み切った。物価高の波にはあらがえなかった。それでも、「学生たちが来やすいような価格に」と、人気のラーメンは600円、チャーハンは640円。十分、リーズナブルだ。
ラーメンは煮干しの出汁(だし)が効いたスープ。あっさりしつつ、しょうゆダレのパンチが効いている。コーンの甘みが塩味を和らげ、メンマやモヤシの食感も楽しい。錦糸卵やサヤエンドウに彩られたチャーハンは控えめな味付け。チャーシューやかまぼこなど素材の味を感じる。ドライカレー(640円)、オムライス(750円)…。メニューには洋食も並ぶ。
「飾らない味付け」を追求してきた小林さん。日頃から「自分が食べておいしいと思える料理」を心がけているという。
幼いころから通っているという早稲田大2年の中村宗太郎さん(20)は「故郷のようだ」とたとえる。この日は友人と来店し、いつも注文するというチャーハンを頰張った。「20年変わらない味。復活してくれて本当にうれしい」と喜びを口にした。
10月から従業員として働き始めた早稲田大4年の八重樫一生さん(24)は「変わらないおいしさを提供し続けることが早稲田の街にとって重要。みんなが〝帰ってこれる場所〟になってほしい」と願う。
物価高や後継者問題など、課題は少なくない。
「大変ではあるけど、一年でも長く店を続けていきたい」。小林さんの目は先を見据えていた。(宮崎秀太)