《生活のために空き瓶回収を始めて約2週間。瓶を買い取ってくれていた酒類販売店で偶然、住宅地図の広告について教わった。持ち前の行動力で稼ぎのいい広告の仕事に乗り出す》
まず本屋さんで東京23区内の家や商店が一軒一軒、掲載されている住宅地図を買いました。それを基にある町内会の地図を作ったんです。で、地図の上下と両サイドにぐるりと20カ所の升目を入れ、広告スペースにした。酒屋さんに見せてもらった地図と同じです。その地図を持って町内会を回って広告を募ったのですが、わずか2日間で20軒が埋まった。1軒8000円ですから、16万円の収入です。
肝心の広告の作成ですが、パソコンはおろかワープロも出回っていない時代。文字も明朝とかゴシックとか、どうすればいいのか、まったく分かりません。で、写真植字をやっている大手印刷会社に飛び込んで見積もりを出してもらったんです。それが「1軒5000円」って…。せっかく自分で集めた広告料の大半が持っていかれるわけですよね。
で、その社員の方に「もっと安くできる方法はないんですか?」って聞いたら、「バラで文字を買えば安くすむよ」と教えてくれた。それでバラ売りの文字を購入し、切り貼りして広告を作ったら、1軒200円か300円でできた。こうして都内各地の町内会の地図を作って配り、広告をもらう仕事が始まったのです。
《順調にスタートしたかにみえた広告の仕事。しかし、ある町内会で指摘を受ける》
品川区内のある町内会の地図を作り、広告を出してもらったお米屋さんに集金に行ったときのことです。お米屋さんのご主人から、「町内会には納品したよね?」と話しかけられた。町内会には自分で配っていたので、「納品って?」と答えました。すると、「ええっ! じゃあ君は町内会長と話をしていないの?」って。で、一緒に町内会長の家に行ったのです。
町内会長の家でいろいろと質問されました。そこで「君はどこの会社なの?」「1人でやっています」となったとき、町内会長は20歳そこそこの僕が1人で広告の仕事をしていることに驚いたようで、「地図は町内会の会員分を納めないとダメなんだよ」と、ていねいに説明してくれたんです。
後日、納品を済ませると、その町内会長は「次は町内会の電話帳をやってくれるかな」と言ってくれた。町内会の電話帳には国会議員や都議、区議らに加え、大手企業の営業所や商店街のお店などの広告が入ります。広告を取るにも、町内会のハンコをもっていろいろなところに出入りすることができる。議員事務所では本人や地元秘書の方に、大手企業の営業所長にも「町内会の仕事です」と堂々とお会いできるようになったんです。これは大きかったですね。それまでは飛び込み営業だけでしたので。
《ここから仕事が広がっていく》
この町内会長は都内の他の町内会長も紹介してくれました。で、他の町内会の名簿などを作成する仕事が入るようになったんです。名簿を作るときには会長が誰で、副会長は誰で、PTA会長、婦人会の会長は、と役員たちと打ち合わせをしながら確認し、それに会員の住所録と規約みたいなものを記載する。で、できた冊子に広告を入れるわけです。
見よう見まねで始めた広告の仕事で足りないことを教えてくれたうえ、仕事のおつきあいを広げてくれたこの町内会長は恩人です。仕事は都内の町内会に広がり、だんだん1人では手が回らなくなってきました。で、人を雇うことにしたのです。20歳か、21歳のころだったと思います。(聞き手 大野正利)