文京区にある男子学生寮「和敬塾」は来年、創立70周年の節目を迎える。主に都内の大学に通う男子学生らが共同で生活し、年に数回、著名なゲストを招いて講演を行い、学生らと交流の機会も設けている。次代を担う人材の育成に注力する一方で、寮内には古き良き〝伝統〟が至るところに残されていた。
4棟に学生300人
都電荒川線早稲田駅から10分ほどの場所に、都会の喧噪から隔絶された緑豊かな〝異世界〟が広がる。和敬塾は昭和30年、初代理事長を務めた前川喜作氏(前川製作所創業者)が財団法人和敬塾を設立して始まり、以降5千人以上が学生生活を謳歌した場所だ。村上春樹の小説『ノルウェイの森』の中に、和敬塾とみられる学生寮を舞台にした場面が描かれていることでも有名だ。
東寮、西寮、新南寮、北寮の4棟で構成され、現在は約300人の学生たちが共同生活を送っている。敷地の中心部には都指定の有形文化財でもある旧細川侯爵邸が陣取る。数々の映画やドラマのロケ地としても名をはせ、歴史の重みを感じる荘厳な外観が特徴的だ。
〝行事〟への参加
和敬塾の生活は、他の学生寮とは一味も二味も違い、令和の今でも、さまざまな行事へ参加することが通例となっている。年間を通じて数多くの行事が執り行われるが、なかでも代表的なものが、学生が主体となって9月上~中旬の約2週間にわたり開催される「体育祭」だ。特に最終日の〝騎馬戦〟は4寮の全学生がしのぎを削るのだが、一般的な騎馬戦とは異なり、「各寮の大将騎を落とすまで」時間無制限で行われる。東寮1年の針谷真生さん(19)は「この日に勝つために、各寮が時間をかけて全力で取り組む。勝つために先輩ともいろいろ言い合うので、一体感が生まれる」と、体育祭にかける思いを語った。
寮の主催で年に数回行われる「講演会」も有名だ。毎回著名人を迎え、社会人の心構えを説いたり、学生たちと意見交換をしたりしている。ゲストには政財界の大物や大学教授ら錚々たる人物が招かれ、昭和58年には現職の首相だった中曽根康弘氏が講演したことも。東寮3年の青野凱さん(20)は、和敬塾OBのティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使が呼ばれた令和4年の講演が印象に残っているといい、「学生時代の話をしてくださったので、共感できる部分が多かった」と振り返った。
共同生活通じ成長
先輩・後輩との共同生活を学生たちは有意義と感じているようだが、入学当初の上下関係に苦労したという学生も多い。
入塾した1年生はまず「新歓」と呼ばれる、2年生から各寮のしきたりや規則、上下関係の指導を受ける期間に入る。北寮1年の大野晃史さん(19)は「入塾してからしばらくは、寮独自のルールや言葉遣いに苦労した」と話す。上級生にも苦悩がつきまとうといい、新南寮2年の津田弘基さん(21)は「2年生になったらなったで、新入生にルールを教えないといけない」と、上級生の苦労を口にする。
だが学生たちは、他人と接したりさまざまな行事をこなしたりする中で、楽しさがつらさを上回るのだという。現在和敬塾で理事長を務める前川正さん(57)は「自分とは相いれない異質な他人を知り、そこから自分を知る経験をして、人間の幅を広げてほしい」と共同生活の重要性を語る。
和敬塾では現在、学生たちの成長のプロセスを「和敬学」という新たな学問体系として確立することを目指している。「フレキシブルな人材を育成することは、昨今さらに重要なミッションになっている。学生たちがなぜこの環境で成長するのか、それを解き明かしていきたい」と前川さんは〝未来の和敬塾〟を見据えた。(宮崎秀太)