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私が脱税!? 父の教訓、身辺整理はしっかりと 相続税に苦戦 森永卓郎さんが残した言葉 話の肖像画 経済アナリスト・森永卓郎<4> 

産経ニュース 2025年2月4日 10時0分

森永さんは1月28日に亡くなられました。令和6年12月の取材をもとに連載します。

《病気を機に、家族に迷惑をかけないよう身辺整理を決意した。平成23年に父、京一氏が亡くなった際、「痛い思い」をした経験があったからだ》

12年に母が亡くなり、父をうちに引き取りました。父は18年に脳出血で倒れて半身不随となり、23年の東日本大震災の直後に亡くなりました。

途中で介護施設に入りましたが、毎月の介護費用が40万円ちょっとかかる。父の年金じゃ全然足りない。父の口座の残高がどんどん減っていった。

父に「もうすぐお金なくなるよ」と言ったら、「お金はいっぱいある」と。父は毎日新聞の記者で、定年退職した後、大学で教えていたんです。だから、預金はそれなりにありました。

ただ、それがどこの銀行口座なのか分からない。父が「絶対にある。卓郎は稼いでるんだからとりあえず払っておけ」って言うので、ずっと立て替えていたんです。全部で多分、何千万円になったはずです。

父が銀行に貸金庫を借りていたので、そこに全部入っていると思っていました。父が亡くなって、いざ貸金庫を開けてみたらびっくりですよ。卒業証書や思い出の写真くらいしか入ってない。金目のものは1964年東京五輪の記念硬貨だけ。何も入ってなかったんです。

《父親の資産状況がまるで分からない。相続税は死後10カ月以内に申告をしないといけない。「すごく焦った」という》

だって私、経済アナリストなんですよ。間に合わないと、脱税ということになりかねない。私が脱税したらまずい。格好のスキャンダルになっちゃう。ただ幸か不幸か、当時は東日本大震災の影響で、私の仕事が全部キャンセルになった。時間だけはあったんです。

それで空き家だった実家にこもりました。居間には、長年の郵便物がうずたかく積み上がっていたんです。これを何日もかけて仕分けして、証券会社や銀行から来たものを見つけ出した。そして、一つ一つ電話して「うちのおやじの口座ありますか」と聞いてまわりました。

今は銀行の窓口で同一行の異なる支店の口座を調査してもらう「全店照会」ができるんですが、当時は支店まで特定しないと、口座の有無を教えてくれなかった。しかも、父が生まれてから死ぬまでの全ての戸籍謄本を出さないといけないんです。

「何でそんな必要があるんですか」って聞いたら、「お父さんに愛人がいて、他に子供がいるかもしれない。全ての相続人が特定できないとダメだ」と。「おやじに愛人なんかいません」って反論しても、「それは、あなたの意見ですね」と全然聞いてくれないんですよ。

父親はあちこち転居していたので、追跡するのが本当に大変でした。一番もめたのが東京の文京区役所です。空襲で戸籍が焼失しているんですよ。銀行に「焼けて戸籍なんかない」って言ったら、「じゃあ区役所から『戸籍が焼失した』という証明書をもらってきてください」と。ところが区役所は「そんな書式はない」と。もう、板挟みです。

それだけで2週間ぐらい潰れました。ようやく書類をそろえ、結局9つの口座があることが判明しました。結論から言うと、お金はあった。相続税が無税となる上限額より、ちょっとだけ上だったんです。

でも、うちは何千万円のお金を立て替えていたのに、忙しくて領収書も記録も全然残していなかった。それで本来なら払わなくてよかった相続税を払うはめになったんです。

私の得た教訓は、親に自分の分は自分で払ってもらう。立て替えた場合は、きちんと領収書と記録を取っておかないと大変な目に遭いますよ、ということです。(聞き手 岡本耕治)

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