JR湖西線の車窓から、黄金色に染まった田んぼを眺める。辺りに赤とんぼが飛び交っていた。
新米がとれる頃には、いよいよ酒蔵も、今季の酒造りに向けて慌ただしくなる。各蔵では、夏季に蔵の設備を整え、道具類の整備を怠らない。
9月初旬、まだ残暑厳しい日和に、高島市新旭町の上原酒造を訪ねた。豊かな湧き水に恵まれた〝かばた(川端)の郷〟に息づく銘酒「不老泉」の蔵元である。
この日は「柿渋ぬり」が行われていた。柿渋を蔵の柱や扉、木製の道具類に塗ることで、防虫・殺菌、道具の耐久性を持たせる効果がある。木造蔵や昔ながらの酒造りの道具にはかかせない、夏場の蔵仕事である。
年に一度、蔵元と親しい飲食店の店主ら数名と共に、手伝いに訪れるのが毎年の恒例行事となっている。
上原酒造では、木槽(きぶね)や木桶(きおけ)など、古い木製の道具や設備が多く、夏場のメンテナンスにも労力がかかる。それでも、濃醇で力強い「不老泉」特有の味わいの礎が、この年季の入った道具たちにも見て取れる。
すでに作業していた蔵人さんらと朗らかに挨拶を交わして、柿渋液の入ったバケツを受け取った。濃い柿渋のツンとした匂いが鼻をかすめる。
「今年はメインディッシュからどうぞ」と蔵人さんに促され、木槽天秤しぼりの装置のある部屋に向かった。
ひときわ天井が高く作られた部屋に、巨大な天秤棒が突き出た木槽が、威風堂々と鎮座している。天秤棒に吊られた大きな重石を調整しながら、テコの原理を利用して醪(もろみ)を搾る古式の圧搾装置である。今では蔵の資料館などで見かけるくらいで、現役の姿が見られるのは大変貴重だ。
他の道具類に比べて、一段と大掛かりなこの装置は、不老泉の酒造り、そして柿渋塗りにおいて、蔵人さんのいうメインディッシュに値する。
さっそく刷毛を使って、木槽を塗り始めた。沈んだ赤茶色が、塗り重ねるごとに黒光りしていく。
互いに会話も減り、黙々と作業に没頭していた。槽の側面から槽底まで、手に伝わる凹凸に、細かな構造が明らかになっていく。えてして蔵人たちが、今季の酒造りに想いを馳せ、道具と会話するような心地にもなっていた。
ひと段落して表に出ると、蔵の壁沿いに塗り終わった道具たちが立てかけられ、天日干しされていた。青空の下、赤々と鮮やかに輝いている。
「この景色が好きでね」と、蔵元の上原さんが、側で目を細めて立っていた。私も大好きな蔵の情景だ。不老泉、夏の風物詩である。
まつうら・すみれ ルポ&イラストレーター。昭和58年京都生まれ。京都の〝お酒の神様〟をまつる神社で巫女として奉職した経験から日本酒の魅力にはまる。著書に「日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ」(コトコト刊)。移住先の滋賀と京都を行き来しながら活動している。