ボードに立ってパドルで進むサップやカヌー・カヤック、ウインドサーフィンといった手軽にできるウオータースポーツで、漂流や転覆といった水難事故が琵琶湖で相次いでいる。そんな事故の人命救助に貢献したとして滋賀県警高島署から署長感謝状を受け取ったビワコマリンスポーツクラブ代表、伊勢田稔さん(68)=滋賀県高島市。「例えは悪いが三途(さんず)の川を前にしているくらいの気持ちをもってほしい。琵琶湖でも油断したら命にかかわる事故になる」と注意を呼びかけている。
「死ぬ」とパニック
10月。午後から北風が吹き、波がある肌寒い日だった。萩の浜(高島市)近くの沖合約2キロに2艇のサップが漂流しているのを発見した。
乗っていたのは中年男性と若い女性で、男性はウエットスーツを着ていなかった。女性は「助けて」「死ぬ」とパニックに陥っていた。さらに、心配して岸からサップでやってきた知人の中年男性も戻れなくなり、漂流者は3人となった。
水上オートバイで救助に向かった伊勢田さんは3艇のサップをロープでつなぎ、湖岸まで牽引(けんいん)して大事には至らなかった。
今年、伊勢田さんが人命救助に貢献した水難事故は7件(16人)だった。命にかかわるケースも半数あった。
「低体温症(深部体温が35度以下)になると、身体的機能や思考力、判断力が低下し、ボードにつかまっていることもできなくなってしまう。1~3時間で命の危険があり、速やかな救助が必要になる」という。
娘は五輪代表選手
大阪府豊中市出身。大学時代はヨット部だった。卒業後はトヨタに就職し、神奈川県内で働いていた。そこでウインドサーフィンにひかれ、29歳で脱サラし、琵琶湖にやってきた。
平成7年ふくしま国体では滋賀県代表となり、25年の全日本大会(ウェイブ)でスペシャルクラス準優勝したほどの腕前。同クラブのインストラクターで、2016年のリオデジャネイロ五輪にウインドサーフィンの選手として出場した伊勢田愛(めぐみ)さん(37)は娘だ。
「ウインドサーフィンが一番の仕事で、趣味」という。スキーのように親しみを込めて琵琶湖をゲレンデといい、「そんな特別な場所で、事故だけは起こってほしくない」と願う。
「悲劇の予防は可能」
30年近くボランティアで水上安全指導員を務める中で思うことがある。
「毎年、救助事案はあり、堂々巡りのように感じている。救助されても『俺一人で岸に戻れたのに』とうそぶく人も半分くらい」
もどかしさもある。
「琵琶湖の状況を正しく判断できれば、流されるなどの水難事故が起こる地域や時間帯がわかる。毎年、死亡事故など悲劇が起きるが、予防は不可能ではない。これは、警察、行政など関係者にいいたいこと。レジャーで楽しむ人も安全について十分に考えてほしい」(野瀬吉信)
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琵琶湖ではサップなど無動力の船舶による漂流、転覆、衝突事故が相次いで発生し、死者も出ている。
滋賀県警によると、今年(12月18日現在)の無動力船舶の事故は23件(49人)で、1人が死亡、2人が負傷した。4月には高島市の琵琶湖沖でカヌーをしていた男性=当時(71)=が漂流し、死亡している。昨年も19件(48人)の事故があり、1人が死亡、4人が負傷した。