都営団地に住み、年金暮らしでも幸せな毎日を送れることを、飾らない言葉と写真でX(旧ツイッター)に発信し、21万超のフォロワーに共感された大崎博子さんが7月23日、突然亡くなった。その知らせは周囲を驚かせたが、このほど3冊目の書籍「幸せな最期を迎えた91歳ひとり暮らしの食卓」(宝島社)が発行された。前日も晩酌のおかずをアップ。ピンピンコロリを地でいった。急遽(きゅうきょ)、一人娘の夕湖(ゆうこ)さん(56)が仕上げた母娘の共著は、長い人生を楽しむヒントに満ちている。
貫いた「お金がなくても幸せな日々」
毎朝の太極拳、1日8千歩、そして晩酌が博子さんの日課だった。買い物に出かけ、台所に立ち「晩酌の友」を作る。「これも立派な認知症予防よね」「お酒は健康のバロメーター」と話していた。
本書では6月6日から7月22日までXにアップされた食事を一挙公開。チキンソテーや焼き魚にサラダ、自家製ぬか漬け、ギョーザなどバラエティー豊かでタンパク質や野菜がたっぷり、盛り付けにも工夫が見られる。
「今日何食べた? これおいしかったよって、毎日LINE通話をしていて、私が教えたレシピも取り入れてくれていた」
夕湖さんが改めて調理して再現したレシピは27品。減塩対策、冷凍保存の活用など博子さんの実践がまとめられている。「母がのこしたことを、母とつながり支えてくださったみなさんと共有し、感謝を伝えたいと思いました」
ラベンダー色の髪に、背筋を伸ばしてワインボトルを握るさっそうとした写真も印象的な本には博子さんの語録も収録。「自分が楽しく思うことを、自分の好きなようにやる」「身の丈以上のものを欲しがってはダメですよ」。心を軽くして、幸せをつかむ人生訓が響く。
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昭和43年に夕湖さんを出産して間もなく離婚し、喫茶店で働き、50代から70歳まで結婚式場で衣装アドバイザーを務めた、自立したシングルマザー。一方、夕湖さんは24歳で英国に留学、国際結婚して3人の子供をもうけている。
母娘の距離は実に約1万キロ。それをつないだ絆が、博子さんの〝デジタルおばあちゃん〟の原点でもある。国際電話は高額だがスカイプのビデオ通話登場により、夕湖さんはパソコン購入を勧めた。「無料で話せるなんて、いいわね」。78歳の博子さんはパソコン教室に熱心に通った。
平成23年の東日本大震災を機にXを開始。昭和7年生まれ、実名と顔写真を明かしての発信だ。「実は使い方がよくわからず、個人情報を公開していたようです。でも〝月10万円の暮らし〟がテーマだったので詐欺にも狙われなかった」と夕湖さんは苦笑する。それが、Xにすごいおばあちゃんがいると話題を呼び、初書籍「89歳、ひとり暮らし。お金がなくても幸せな日々の作りかた」は10刷5万部を超えるヒットとなった。
担当編集者の田中早紀さん(32)は「好奇心旺盛で前向き。フォロワーからの質問への答えもウイットに富んでいる。実際にお会いしても気さくで年齢の差を感じさせない、頭の回転が速い方。多くの人が憧れるのも納得です」。次はレシピ本をと企画を進めていた矢先の別れとなった。
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「部屋のカーテンが開いていない」「Xの更新がない」。ロンドンの夕湖さんのもとに、博子さんの友人からLINE通話が入ったのは亡くなった当日のこと。万が一のために連絡先を交換していたことが役立った。老衰ではなく、睡眠中の脳出血による突然死とみられる。終活も万端で、その方法も本書には記されている。
聖イグナチオ教会(東京都千代田区)での葬儀は、友人らが思い思いの服装で見送った。「弱った姿を見せず、突然いなくなったのも母らしい。とても寂しいけれど、母の人生を祝福したい」と夕湖さん。
下の子供が大学に入って子育ても一段落。32年ぶりに日本で暮らすことを決意し仕事も見つけて、母のXを引き継ぐことにした。そこに届き続ける温かなメッセージこそが、博子さんが生前多くの人に与えたもののお返しなのだろう。(重松明子)