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ホーキング博士の妹のひとこと 話の肖像画 モラロジー道徳教育財団顧問・金美齢<25>

産経ニュース 2024年8月26日 10時0分

《昭和50(1975)年、客員研究員として英国のケンブリッジ大学に留学した。台湾独立運動に身を投じて国民党政府のブラックリストに載り、中華民国のパスポートはない。留学ビザは日本の法務省が発行する再入国許可証に貼られた》

早稲田大で英文学を学んだから、英国にはなにがしかの思いがあった。でも実際に行ってみたら驚いたね。同じ時期に東京大出身のとても優秀な留学生がいてケンブリッジ大で博士号を取ったんだけど、8年もかかったという。しかも後で大学の関係者に直接聞いたんだけど、本当だったら博士号をあげられるものを書いたわけじゃないが、8年も我慢したから忍耐料だって言うじゃない。この人たちはすごいなと思った。半端じゃないのよ、自負心が。

ケンブリッジ大には「ガウン&タウン」って言葉があって、大学の先生から生徒にいたるまで黒いガウンを着ているから、この人たちは「ガウン」。で、「タウン」は町の人々のことなの。めちゃくちゃ階級社会なわけよ。だけどね、当時はみんな自分の階級に満足していた。

自分はガウンだから、選ばれた人間なんだから、ノブレス・オブリージュ(高い社会的地位の人物の社会貢献の義務)があるっていうのがちゃんと分かっていた。だからガウンは他国との戦争が起きたときには率先して従軍する。大学内の教会の床には、在校生とか卒業生で第二次大戦のときに命を落とした人の名前が全員彫られているわけよ。ガウンとして祖国のために命をささげることは尊い、と。

タウンの人たちは野菜を作って食を提供し、毎週日曜日にはマーケットをオープンするなど、ガウンがちゃんと勉強できるようにサポートしている。それはそれで自信を持ってやっているわけ。はっきり自分が何をやるべきかということが分かっている。だから英国の階級社会っていうのはあれだけ安定していたのよ。今は移民が来て変わってきたけどね。

《大学の食堂で隣に座った若い女性と親しくなった》

ケンブリッジ大には大学院以上の研究者と教員、学校の職員とかが入れる会館があってそこで食事をするんだけど、たまたま隣り合わせに座って会話をした女性が「ホーキング」と名乗るじゃない。理論物理学者、スティーブン・ホーキング博士の妹さんだった。なんで彼女と親しくなったかというと、そのときの会話よ。「ケンブリッジに何しに来たの?」って聞かれたから、「英文学を専攻している」って答えたら、ズバッと言われたのよ。「あんたたちは本当に英文学なんて理解できるの?」って。

日本や台湾と英国の歴史は違うし、異国の文学を本当に理解できるのかと思うのは当たり前だよね。問題はそれを言うか言わないか。で、彼女はストレートに聞いてきたのよ。私はおもしろいなと思った。英国の知識人はそういうことをする。彼女のおかげでいろんな人と知り合うことができた。

文学って不思議なもんでね。日本で読んだ本をケンブリッジ大の図書館で再読したら、理解度が全然違うの。「チャタレイ夫人の恋人」を読み終わって図書館から出ると、本当に上半身裸で草刈りをやっている男性がいるわけ。ああ、チャタレイ夫人ってこういう人を見て恋に落ちたんだなと思ったりね。

でもケンブリッジ大だけでなく、旅先のヨーロッパの知識人に疑問を感じることもあった。みんな独裁者は悪だと思っているけど、なんか中国には幻想があるのよ。東洋にあの巨大な社会主義国家を建設したためか、同じ独裁者でも毛沢東は別、とか言う人がいたりしてね。私は反論したよ。それは違う、独裁者はどこも同じだよって。ちょうど四人組が出てきて、文化大革命などの中国の問題が表に出始めていたころなのにね。当時の日本もそうだったけど、知識人には中国に対する幻想があるんだって感じた。(聞き手 大野正利)

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