緊急性のない軽症患者らを救急車で搬送した際、患者から負担金を徴収する制度が今年、一部自治体で始まった。全国で救急車の出動が増える中、救急医療の逼迫(ひっぱく)を防ぐのが狙いで、実際に軽症者の搬送率が減少する効果もみられる。ただ、救急車の要請が本来必要な人までためらう可能性もあり、専門家は「丁寧な説明と相談体制の充実が必要だ」と指摘する。
茨城県は今月2日、救急車の要請時に緊急性が認められない場合、大病院(病床数200床以上)を紹介状なく受診する際にかかる「選定療養費」を求める取り組みを開始した。都道府県単位での導入は初めて。料金は搬送先の病院によって異なり、最大で1万3200円が徴収される。
軽い切り傷やすり傷、37・4度以下の微熱、慢性的な歯痛や腰痛など、緊急性が明らかに認められないか、緊急性が低い症状が対象だ。呼吸困難や意識障害、突然の激しい頭痛や腹痛など、緊急性のある可能性が高い場合は、病院到着時に回復して結果的に軽症と診断されても徴収しない。
県医療政策課によると、県内では救急搬送の6割以上が大病院に集中しているが、約半数は軽症者で緊急性が低いケースも多いという。担当者は「救急医療がさらに逼迫し、緊急性の高い患者に医療が提供できなくなる事態を防ぎたい」と導入の理由を説明する。
総務省消防庁のまとめなどによると、令和5年の全国での救急車出動件数(速報値)は前年比5・6%増の763万7967件、搬送人員も同6・8%増の663万9959人で過去最多を更新した。また、現場到着にかかる時間も長くなっており、4年の全国平均は約10・3分と前年比0・9分増だった。
出動数は2割減
全国的な搬送者の増加で救急医療体制の逼迫が進む中、茨城県のような取り組みを一足早く始めたのが三重県松阪市だ。今年6月から市内の基幹3病院を対象に、搬送して入院に至らなかった軽症患者から、選定療養費として7700円を徴収している。
市によると、導入後の3カ月間で、救急車の出動件数は3604件で前年同期比2割減、搬送者の軽症率は52・9%と同6・5ポイント減った。徴収を受けた軽症患者は7・4%(278人)で、打撲傷やめまい、胃腸炎などだった。
市の担当者は、全体的な傾向まではまだ見えていないとしながらも、「医療機関の適正受診につながり、持続可能な救急医療体制の整備に寄与していることが確認できた」と評価する。
一方で、要請ためらうケースも想定
取り組みに一定の効果が見えたことで、今後導入を検討する自治体が増える可能性がある。ただ、救急車の要請に料金負担がかかれば、真に要請が必要な患者が控えてしまう懸念もある。導入自治体では要請するか判断に迷う場合、電話相談窓口などの利用を呼びかけている。
患者搬送のあり方を研究する日本搬送学会の後藤玲司事務局長は「『救急車が有料になった』と誤解される可能性もあり、丁寧な説明が必要だ」とし、「患者によっては電話相談もためらうケースも想定される。スマートフォンアプリなど、相談体制の充実が求められる」と指摘した。(秋山紀浩)