国内では静岡県でしか獲れない貴重な海の幸「サクラエビ」。水揚げしたての光り輝くピンク色は、まさに「駿河湾の宝石」と呼ばれるのにふさわしい。漁期は春と秋、それぞれ約2カ月間。秋漁が始まったと聞き、東京から新幹線に飛び乗り、静岡市清水区の由比(ゆい)港へと向かった。
食欲そそる音と香り
今シーズンの初出漁から間もない8日午前。在来線をJR由比駅で下車すると、アーケードの巨大な2体のサクラエビが出迎えてくれた。
風情ある街並みをそぞろ歩くこと10分、由比港漁業協同組合が直営する「浜のかきあげや」に着いた。開店前からすでに行列ができ、店内は仕込み作業で活気づいていた。
かき揚げを揚げる、ジュウジュウと油が跳ねる音が食欲をそそる。
「速さが勝負だから。お客さまをあまりお待たせしないように、1回で同じ大きさで丸く形が決まるように、気を配っています」とは、平成18年の開業当時からかき揚げを作り続ける市村葉子さん(72)。
生サクラエビに刻みネギを加え、衣をまとわせたタネを、網じゃくしの上で10センチの大きさにきれいに丸め、揚げ油にするりと滑り込ませる。3枚並べ、それぞれに油をかけてヘラで押し、頃合いを見てひっくり返す。流れるような手さばき。1枚揚がるたびに、こうばしい香りが鼻をくすぐる。土日には500枚を揚げるという。
港内にある同店には、出漁した日の翌朝に、ぴちぴちのサクラエビが届く。しかし天候に左右され、漁に出られない日もある。そんなときは、違う日に獲り急速冷凍しておいたものを使う。獲れたては、体長4センチほどの小さな一匹一匹がはっきり輝いて見えるので、違いは一目瞭然なのだとか。残念ながら、取材日の前日は出漁できなかった。
ここでしか出合えない
静岡県以外ではまずお目にかかれない「生桜えび丼」(1000円)をいただいた。秋のサクラエビはやわらかく、生食に向いているという。
陽光を浴び、桜色に輝く数多(あまた)の小さなエビ。とろけるような甘みと濃厚なうまみに、ぷりぷりの食感。時折、長いひげが舌に触れ、生のまま丸ごといただいていることを実感する。
こうばしさ満点の「かきあげ丼」(1000円)は、揚げたてが2枚、器からはみ出んばかりのボリュームで盛られる。漁師直伝の甘辛いたれがかかったかき揚げにかぶりつく。生食とは一味違うサクサクした食感で、箸が止まらなくなった。紺碧(こんぺき)の駿河湾を眺め、潮風に頰をなでられながら、ここでしか出合えない海の恵みが堪能できた。
漁獲量減少から復活の兆し
残念なことに、かつての獲りすぎと昨今の海洋環境の変化により、獲れたてに出合うことは年々難しくなっている。
静岡県水産・海洋技術研究所によると、最盛期には3500トンほどあった年間漁獲量は、平成20年ごろから1000トン台、30年には312トンと大きく落ち込んだ。対策として同年、漁の区域を絞り、稚魚は獲らないといった自主ルールを決め、資源保護に努めた。ここ数年は漁獲量が戻りつつあり、令和5年にようやく501トンまで回復した。
「浜のかきあげや」も、漁獲量減少の影響を受けた。かつては漁期に週6日店を開けていたが、不漁とコロナ禍による休業を経て、金~日曜と祝日のみの営業に。最盛期には年間8万~10万人あった客数も、今では5万人ほどだ。それでも駐車場は県外ナンバーの車で埋まり、店の前には長い行列ができる。
漁期でも強風や高波があれば漁に出られない。今シーズンも、解禁日からの17日間に3日しか出漁できていない。由比港漁協の宮原淳一組合長は「漁は大変厳しいが、サクラエビは少しずつ階段を上るように増えている」と、今後に望みをつないでいた。(田中万紀)