千葉県鋸南町の保田漁港で車ごと海に転落した高齢の男性の命を救ったのは、男女6人の釣り仲間たちのとっさの連携プレーだった。昨年9月15日、水中に沈みゆく車の運転席で動けなくなった義足の男性がいるのに気付き、ためらいなく海にダイブ。必死に引きずりだし、ロープで引き上げ、救出した。館山署で今月17日、感謝状の贈呈式が行われた。
「ジャボン」
熱い日差しが照る正午ごろ、水面をたたきつける大きな音が保田漁港に響いた。岸壁から10メートルほど離れた場所で談笑していた釣り仲間の一人で同県松戸市の自営業、大山真一さん(53)が振り向くと、車が浮いていた。
漁港の駐車場で運転操作を誤り、前から突っ込んでいた。「シートベルトを外して」。大山さんが運転席の男性に大声で叫んだ。
すかさず、同県館山市の漁協職員、鈴木淳さん(47)が飛び込み、車に近づいた。
わずか数十秒で車は沈み始めた。だが、男性は運転席に座り、ハンドルを握ったまま。「両足が義足で、動けないんだ」。助け出そうとする鈴木さんに男性はこう打ち明けた。
水圧がかかり、ドアは開かないが、幸い、運転席の窓が開いていた。
鈴木さんが自らの上半身を窓に入れ、男性を引き寄せた。だが、思うように引き出せない。男性は鈴木さんにしがみついていたため、離れられず、息が続かない。4メートル、5メートルと車は沈み、海面が遠ざかっていく。「もう駄目だ。このまま死ぬ」(鈴木さん)。諦めかけたその時、同じく海に飛び込んだ大山さんからロープが2人に届いた。それを頼りに男性は脱出できた。
岸壁にいた40~50代の4人が警察や消防に通報。より海に近い桟橋に向け、4人で力を合わせてロープを引っ張り上げ、男性と鈴木さん、大山さんが生還。3人にけがはなかった。
鈴木さんや大山さんの勇気ある行動に、同署の松本丈史署長は「身の危険を顧みず、尊い人命を救助した」と、たたえた。
救助された男性は「落ちたときは最悪の事態を想定したが、今、元気に生活できていることに感謝の気持ちでいっぱい。本当にありがとうございました」と同署を通じ、コメントした。
鈴木さんは「以前、台風の被害を受けた際、ボランティア活動をする人たちに支援してもらった。『自分もいつか、人のために何かしてあげられたらいい』と思っていた。仲間たちがいて、よかった」と語った。
大山さんは「冷静に振り返れば危ない行為だったが、命が助かり良かった」と安堵の表情を見せた。(松崎翼)