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1点へのこだわり 長嶋監督「殴打事件」の真相 ものすごい血相で「そこに座れっ」 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<22>

産経ニュース 2024年12月23日 10時0分

《スクイズ見落とし…》

忘れられない出来事があります。巨人2年目(昭和52年)5月19日の福井での大洋(現DeNA)戦です。柴田(勲)が三塁走者でした。高田(繁)が四球を選んだ。1点を追う場面で無死一、三塁になった。私はその時点で3割3分3厘。最終的に3割4分8厘と打った年です。シメシメですよ。バッターとしてはよだれが出る場面です。外野フライでも1点ですから。内野手はやや前にきている。

1球目、投手が投げた。ボールです。カウント1―0からの2球目かな、三塁走者の柴田が本塁に突っ込んでくるんです。当然アウトですよね。一塁走者の高田は二塁に走った。柴田に「お前、何やってるんだっ」と言ったら「張本さん、スクイズですよ」って。「何っ!」ってベンチにいる長嶋(茂雄)監督の方を見たら、ジーっとこっちを見ている。

スクイズなんて生まれて初めてです。3割3分3厘を打っている私にスクイズのサインを出すかな?って思うじゃないですか。監督は何を考えているんだって。直後の1死二塁からセンター前にヒットを打った。二塁走者の高田をちゃんとホームにかえし、同点にした。これで帳消しになったと思った。試合は高田のサヨナラ本塁打で勝ったんです。

《長嶋監督の〝ほっぺた殴打事件〟とは…》

試合を終えるとマネジャーが「監督がお呼びです」って。サインは見落としたけど、同点タイムリーを打った。おっ、小遣いでもくれるのかなと思うじゃないですか。「いいねぇ」と喜んで監督室を訪ねました。びっくりしましたよ。正座をしてるんです、長嶋さんが…。ものすごい血相で「お前、何やってるんだ、そこに座れっ」って。すごい剣幕(けんまく)でした。

当時、長嶋さんが私のほっぺをたたいたと大げさに言われましたが、本当はね、肩に手をかけただけなんですよ。そして言われたんです。

「張本、よく聞けよ。あの場面(無死一、三塁)で外野フライでも1点の場面だ。お前なら簡単に外野フライを打てるかもしれない。でも俺は監督だ。どうしても1点が欲しかった。どんなバッターでも打ち損じはあるだろう。三振もある。お前はバントが非常にうまい。絶対に失敗はない。だから俺はスクイズのサインを出したんだ。お前が監督になったら、俺の気持ちはわかるはずだ」ってね。

あの場面、まさかスクイズなんて…と思うからこその、監督としての〝1点へのこだわり〟なんですね。ハッとしました。長嶋監督は目をそらさず、じっと私の目を見ていた。私もこういう性格ですからそらさなかった。「すみませんでした。この次からは必ずサインを見落とさないようにします」と両手をついて謝りました。

《移籍1年目、最下位から優勝に導き、翌52年の連覇に貢献した張本さんの目に映った長嶋さんとは…》

野球人として4年間、付き合いました。あのとき、監督室を後にしながら「ああ、こんなにも野球に純粋な人には会ったことはない」と思いました。これほど純粋な野球人は初めてです。いつも野球を中心に物事を考えている人でした。これまで岩本義行さんをはじめ、水原茂さんら何人もの監督に仕えました。三原脩さん(西鉄など)、鶴岡一人さん(南海)、川上哲治さん(巨人)らの大監督も目の前で見てきましたが、野球に飛び込む姿勢、野球に関する情熱や純粋さは群を抜いています。野球で勝ちたい、野球をやりたい、野球のためにすべての情熱をかけるのが長嶋さんです。今でもそう思ってます。

選手として攻走守とも、ものすごいプレーヤーです。90年の歴史がある日本球界でもっともファンの記憶に残る選手といえば、長嶋さんを置いてほかにいない。誰も異論を挟まないでしょう。絵になる、最高のスーパースターですよ。

(聞き手 清水満)

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