無名の職人が作る日用の道具に「民藝」の名が与えられてから100年。その間、家電が暮らしに浸透し、家事用具の顔ぶれは大幅に変わった。それでも気安く使いやすい民藝の器や道具は、変わらず暮らしに寄り添ってきた。愛好家の2人を訪ね、暮らしぶりを垣間見てみた。
うるさくないし、すぐ使える
家々がひしめく東京都心の住宅街に、建築家・塚本由晴さん(59)の自宅兼アトリエがある。
民藝の愛好家という塚本さんが日々の掃除に使うのは、昔ながらの和箒(ぼうき)と、小さなちりとり。ちりとりは和紙に柿渋を塗ったもので、19年間愛用してきた。四隅は柿渋がはげ落ちて、地色がむき出しになっていた。
「箒はいいですよ。簡単にシュッシュッと掃くだけで、ほこりがほとんど空中に散らない。気になったらしょっちゅう掃いています」。塚本さんはそう言って、おもむろに書斎の床掃除を始めた。
「アトリエがスキップフロアで、掃除機が使いづらいというのもありますが、音がうるさい。それに対して箒は、好きなところに持っていって音もなく掃除できる」。理にかなった道具だという。
一つ一つ表情が違うから
塚本さんが民藝を好むのは、「暮らしの中にある、名もなき道具たちに美しさを見いだす」という精神に共感するから。手仕事なので、一つ一つが微妙に違って二つとして同じものがない。一方、大量生産されたプラスチックの容器や家電は、できるだけ持たない。
台所の食器棚からは、次々と手仕事の器が出てきた。九谷焼、瀬戸焼、小鹿田(おんた)焼に、沖縄・読谷村の「やちむん」。棕櫚(しゅろ)のたわしや竹のトング、おひつやおろし金といった道具類も。いずれもしまい込むことなく、日々使う。
自然とともに健やかに暮らすために
民藝の品々に囲まれて暮らすうち、「自分の考え方と民藝とは地続きだと思う」ようになった。大資本にのみ込まれることなく、それぞれの地元でこぢんまりと作り継いできた手仕事の民藝について、「自治的なるもの、自立自存なもの」と評する。
「民藝は、作り手や使い手に『自分でできることは自分でやる』という精神がある。私も、自治的な人々が作り出したものを周りに置いて健やかに暮らしたい」
自然の力を借りなければ、民藝のものづくりは成り立たない。例えば陶器を作るなら、土を取ったり、天日で乾かしたり。登り窯と薪を使えば焼く工程だってそう。
「民藝の担い手はみんな、自然と一緒にしか仕事ができないという謙虚な気持ちを持っている。人間じゃないものへの尊重は、時代を経ても変わらない」
丈夫で機能的、「かっこいい」
東京・谷中。商店街を抜け、「夕やけだんだん」と呼ばれる階段を上りきったら、「暮らしの道具 谷中 松野屋」が見えてきた。その名の通り、日常に使う道具を扱っている。
ホウキ草を束ねた和箒にトタンのちりとり、竹製のざるや編み籠(かご)、藁(わら)の鍋敷き、棕櫚のたわし…。実用に寄り添った、丈夫で機能的、姿まで美しい道具は、いずれも社長の松野弘さん(71)が各地を訪ねて探し集めたものだ。
「おじいちゃんやおばあちゃんが自然の素材を使って、工房でもない自宅の片隅で、農業の傍らに作っているような日用品です」
松野さんは自宅で、こうした昔ながらの道具を普段使いしている。炊事には竹製のざるや藁の鍋敷きを使い、掃除は和箒とちりとりで。お出かけは編み籠を肩から提げ、弁当は曲げわっぱに詰めて-。「全く普通の生活をしていると思っているんだけど、世間では普通じゃなくて」と松野さん。
そんな昔の道具類は、サステナビリティー(持続可能性)が志向される令和の時代に、見直されている。
松野さんは言う。「丈夫で機能的で、民藝の『用の美』まで備えていて、使うだけでかっこいいでしょ」