《大学進学をあきらめて両親から独立した。アルバイトを始めたもののクビ続きで、正社員として働くことにした》
相次いでクビになり、アルバイトは自分に合わないことが身に染みました。で、正社員として働こうと求人を探したんです。「頑張れば月収100万円以上!」と出ていたのが、大手出版社の百科事典や地球儀などを訪問販売する会社の新宿営業所です。で、面接に行ったら採用となった。セールスマンが150人くらいいましたね。
その会社は週給制で、給与体系が3つあった。「A」が月給15万円で歩合1割、「B」が8万円か9万円で歩合2割、「C」は完全歩合で30%か35%だったかな。で、僕がどれを選んだのかというと「C」です。完全歩合なので売れば売るだけ、お金になるわけですから。
毎朝8時に営業所に行って朝礼。打ち合わせの後、電車に乗って各地の戸建てやマンションに飛び込み営業、夕方6時にまた営業所で反省会、という日々が始まりました。前にも話しましたが、入社直後に指導してくれた先輩がすごく優秀な人で、極意を伝授されたので僕は結構、売ったんですよ。社会人としてのスタートは順調でした。
《表彰を受けた》
先輩から教わった「最初の挨拶」と「最後の押し」のタイミングを守りました。他にもいろいろと教わりましたが、この先輩のすごさを目の当たりにしたことがあります。当時は購入してもらうとき、お客さま自身に必ず申込書に記入してもらうんです。名前、住所、電話番号などを書いてもらった上で、購入する商品名にチェックを入れてもらう。で、ここで先輩は何をするか。記入しているときがさらに売り込むチャンスだ、と。
当時は分割ローンとかが出始めたころ。で、先輩はお客さまが記入しているときにすっと手を触る。で、触りながら「旦那さま、こちらもいっしょにご購入いただければ分割ローンで月々この金額ですよ」「奥さま、お子さまのためにもうひとついかがですか」とささやくんです。で、お客さまがうなずくと、「ではここにもチェックを入れてくださいね」って触りながら。あれはすごかった…。
先輩によると、「人は手を触りながら言われるとノーとは言えなくなるんだ」「でも、いきなり触ったらひっぱたかれるからタイミングを見逃したらダメだぞ」って。先輩は達人でしたが、僕はまねしようにもテレがあってできませんでした。先輩はいつもパリッとスーツを着こなしていてかっこいい。僕はヨレヨレですから。
こうした先輩の教えもあって、僕は1カ月目にトータル200万円くらい売り上げました。で、新人賞らしきものをもらったんです。全国2000人くらいいたセールスマンで最年少受賞とのことでした。
《突然、解雇された》
2カ月目に入りました。そのころは「月にだいたい26万円の収入で大丈夫だ」と、午前中にノルマを達成して午後からパチンコに行っていました。で、3カ月目に入ったころ、朝礼で営業所長に指名された。「今日は石田が目標を発表しなさい」って。僕は「1日の売り上げが3万円ですから、これを維持することです」と答えたんです。
営業所長は目を白黒させ、「目標だぞ! 数字は伸ばさないのか?」と言うので、「はい。1日3万円の現状維持です」と。さらに目標を聞かれたので、「目標と言うのであれば、夕方の反省会はなくしてほしいんです」とお願いしたんです。「なんでだ?」「午後からはパチンコをするので、出玉がいいときに営業所に帰らないといけないのはつらいからです」「お前はパチンコしているのか?」「毎日やっています」
「ふざけてんのか!」と罵声です。僕としては完全歩合の「C」で固定の月給はありませんから。でも営業所長は他の社員の手前もあります。「もう来なくていい」となりますよね。こうして僕の短いサラリーマン生活は終わりを告げました。(聞き手 大野正利)