《東京で浪人生活をし、いよいよ2度目の大学受験となった年末、受験料20万円が入った現金書留を友人に盗まれた。この事件をきっかけに、大学進学をあきらめた》
仲間たちは「両親と相談したら」って言ってくれたのですが、もう僕の中では大学に行くという選択肢は消えていました。大学で何かやりたいことがあったわけではなかったですから。盗んだ彼にはお金が必要な事情があったんでしょう。で、僕は何を考えたか。まずは早く引っ越しをしなければまずいぞ、と思ったんです。
両親から「どうだった?」「大学は受かったか?」って電話がかかってくるだろう。受験料を盗まれたので大学受験はあきらめました、とは話せません。両親に顔向けができない、と思ったの。で、両親の連絡がつかないよう、新しいアパートを借りないと、となったんです。私学は2月の末には結果が出るじゃないですか。だからそのころまでにアパートを引き払って、新しいところへ引っ越さなければ、って思ったんです。でもお金はまったくない…。
《飛び込んだのは学生ローンの店舗だった》
当時は学生でも借りられる「丸井のキャッシング」が出始めていたころじゃなかったかな。だから学生ローンでお金を借りることに、そんなに抵抗はありませんでした。で、いくら必要か。あのとき住んでいたアパートの家賃が1万2000円でしたが、今度はお風呂がついているところに住みたかったのね。「ここいいな」と思ったアパートは家賃4万3000円で、それに敷金や礼金など何カ月分か、あとは当面の生活費で、30万円あればなんとかなる、と。
予備校は池袋だったので、丸井がある。最初はそこで借りようか、と思ったのですが、丸井は分割払いで買い物をしたとき、未成年だと実家に電話すると聞いていた。僕にとって実家に電話されるのが一番まずいので、高田馬場にある学生ローンに行ったんです。
店内で予備校の学生証を見せ、名前と住所、生年月日、本籍地などを記入しました。親の同意は要りません。さあ金額は、となったとき、なぜか「いきなり30万円では巨額なのでダメ」って言われるかもしれないと思って、15万円と書きました。残りは別のお店で借りればいいと。で、1時間もしないうちに15万円が手に入ったんです。あっけなかったですね。
《常人には考えも及ばない行動力。そして決意を固める》
その足で今度はお茶の水の学生ローンに行き、また15万円。計30万円を持って、お茶の水のクラシック喫茶に入りました。席に座って、まず僕が何をしたか。その30万円を広げてうちわみたいにして、顔をあおいだんです。それをやった瞬間、もううれしくなっちゃって。何がうれしかったって、お札の匂いでしたね。インキの匂い。あんまり品がないけどね。そのとき漂ったあの匂いは、今でも忘れることができません。
その匂いとともに、初めて自分でお金をちゃんと集めてきたといううれしさもありました。これまではお父さんやお母さん、おばあちゃんからのお小遣いや仕送りだったでしょ。小学生のときは新聞配達をしたけど、すぐにクビになった。この30万円は稼いだお金ではありませんが、自分自身で借りてきたお金です。それもわずか2社だけ回って、すぐ貸してくれた。何社も行って断られたのなら、自信をなくしたんだろうけど、すぐでしたからね。
そのときに改めて、大学に行っている場合じゃないぞ、って思いましたね。働いて稼がなければ、との決意が固まったのです。(聞き手 大野正利)