暮らしに欠かせない食品の値上げが続いている。調査会社の帝国データバンクによると今年12月までの値上げ品目数は1万2458品目で、年間の平均値上げ率は17%にも上る。物価の上昇で、65歳以降30年間生きる老後資金の必要額は、5年前に想定された2000万円から約4000万円に倍増するとの試算も飛び出した。インフレで老後資金はどう変わるのか。
「恐ろしいことに日本の社会人の半分は(約30年間にわたるデフレで毎年上がる)物価上昇を知らない世代になってしまった」
老後資金を4000万円とはじき出したファイナンシャルプランナー(FP)の山崎俊輔氏は、この数字は強い注意喚起だと話す。
総務省による平成29年の家計調査で、年金暮らしの夫婦(高齢無職)世帯の収支は月約5.5万円の赤字だった。金融庁は令和元年、この不足額の30年分を計算して約1980万円と示し、老後の備えは2000万円が目安とされた。
しかし、仮に年3.5%の物価上昇が続くとすると、2000万円の老後の必要資金は20年後に3980万円に膨らむというのが山崎氏の指摘だ。5年度の消費者物価の平均上昇率(総合指数)は3%で、4%台を記録した月もあった。
将来に備えて少額投資非課税制度(NISA)などで資産形成する人は増えた。ただ、複数のFPによると、運用期間に余裕のある若い世代は「出せる分」で積立額を決めると見直さず、物価上昇に合わせて資産形成目標を上方修正する感覚が薄いという。
物価上昇は期間が長いほど影響が跳ね上がる。若い世代にとって一番効いてくるのが老後だ。それだけに老後の必要資金は倍増もあり得るぐらいの認識で、デフレに慣れた「マインドセット(考え方や価値観)を切り替えないといけない」(山崎氏)。
一方、老後の必要資金は物価水準はもとより、暮らしかたで大きく変わる。シニア世帯を対象に、新しいデータを基に老後の必要資金を試算すると、「4000万円」とは違った結果も出ている。
最新の5年の家計調査では、年金暮らし夫婦世帯の赤字は月約3.8万円と6年前より減った。これを基に、第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストが、日銀が目標とする2%の物価上昇率を織り込んで試算したところ、老後の必要資金は20年後で約2033万円と4000万円の半分だった。
さらに、世帯主が年を重ねるほど支出が減り、家計の赤字が改善する点も加味すると、老後の必要資金は約1144万円になるという。1200万円弱は平均的な退職金や貯蓄で対応できる水準だ。
日々の生活コストの上昇を資産形成に反映する必要性と、暮らしかたで家計収支の赤字を改善する効果。「4000万円」と「1200万円弱」の試算は、この2つを家計管理に生かすことが、老後インフレを乗り切る上で欠かせないことを示している。
働く高齢者増え標準モデル変化
老後の必要資金の試算の多くは妻が専業主婦の年金暮らしの夫婦(高齢無職)世帯を前提としているが、女性や高齢者の働く環境の整備が進むと老後の標準モデルの姿も異なってくる。
総務省によると令和5年の65歳以上の就業者数は過去最多の914万人と、20年連続で増加。65~69歳の就業率は52%と、2人に1人が働いている。70~74歳でも就業率は34%と過去最高だった。
5年の家計調査で年金暮らしの夫婦(高齢無職)世帯の家計収支は赤字だが、65歳以上の高齢勤労者世帯の収支は月約9.5万円の黒字だ。永浜氏は、65歳以降も働くことができれば70歳時点で570万円を貯蓄できると指摘する。
また、政府が6年の「財政検証」で示した年金の将来像によると、現在65歳の女性が受け取る年金の平均額は月9.3万円だが、30歳の人の受給額は10.7万円が見込まれるという。働く女性の厚生年金保険への加入期間が延びるためで、賃金が上昇する経済成長のシナリオも当てはめると16.4万円まで増えるとの推計が示されている。
厚生労働省は、年金額のモデルケースを見直し、早ければ来年1月から共働きや単身世帯が増加している実態を反映した新たなモデルを追加導入する方針だ。(池田昇)