<当時の出来事や世相を「12歳の子供」の目線で振り返ります。ぜひ、ご家族、ご友人、幼なじみの方と共有してください。>
夏休みの宿題に追われていた8月末の午後、とんでもないニュースが入ってきた。東京駅近くの三菱重工ビルが爆破され、大勢の人が巻き込まれたというのだ。真っ先に思ったのは丸の内の銀行で働いているお父さんのことだった。幸い少し離れたビルで無事だったが、ものすごい大きな音がして、道路はガラスの破片で歩けなかったという。
後になって過激派が犯行声明を出して、その後も企業のビルなどで何度も爆弾テロが相次いだ。2年前のあさま山荘や去年のハイジャックなど、この手の人たちの事件が続いていて本当に怖い。三菱重工ビルでは通行人を含め8人が死亡、けが人は約380人にもなった。
9月に新学期が始まると、学校ではまだユリ・ゲラーの超能力ブームが続いていた。テレビでスプーン曲げや透視能力などを披露していて私もつい見てしまう。おかげで給食の時間になると、みんなが指でスプーンをこすりだす。男子の中には力を入れて曲げてしまう子もいて給食のおばさんに怒られていた。
去年の石油ショックの影響は今年さらにひどくなり、ものの値段がすごく上がった。「狂乱物価」なんて言葉も生まれ銭湯は75円、都営バスは60円、どちらも一気に20円も上がった。東京の江東区には「セブンイレブン」という夜11時までやっているアメリカのスーパーが初めてできたらしいが、そんな時間まで買い物に行く人がいるだろうか。
この年2月にはフィリピンのルバング島で元日本兵の小野田寛郎さんが見つかり、2年前の横井庄一さんに続いて日本中が驚いた。小野田さんは日本が復興したことは知っていたようだが、アメリカとの戦争は続いていると思っていたそうだ。横井さんは割と穏やかな感じがしたが、小野田さんは軍服を着て今も軍人さんのようでちょっと怖い感じもした。
10月には巨人軍の長嶋茂雄選手が引退し、後楽園球場で「我が巨人軍は永久に不滅です」と述べた。私は野球は詳しくないが、テレビの前でお父さんが初めて涙を流すのを見て、本当にすごい選手だったのだなと思った。長嶋さんと同じ昭和11年生まれの38歳で、六大学の時代からずっと応援してきたのだという。長嶋さんは来年から監督になるが、お父さんはまだ平社員なので「差をつけられた」と笑っていた。
私はスポーツよりマンガを読むのが好きで「週刊マーガレット」でやっていた「ベルサイユのばら」の大ファンだ。だから今年初公演が行われて大ブームになった宝塚歌劇団の「ベルばら」を見に行きたいが、私のお小遣いでは無理だし、東京公演のチケットの窓口は朝からすごい行列らしい。物価はどんどん上がっているのに、人が集まる所には集まっているのだ。
11月には千葉の木更津沖の東京湾で「第十雄洋丸」という中東から戻ってきたタンカーが別の船と衝突して炎上、30人以上が亡くなる事故もあった。プロパンやガソリンのようなものを積んでいたため火はなかなか消えず、20日近くも漂流して最後は自衛隊などの砲撃で沈められたそうだ。エネルギー危機と言っているときだけに何だかやり切れない事故だった。
学校ではようやくスプーン曲げをする子は見かけなくなった。物価の値上がりも、過激派のテロ事件も、タンカーの事故も、ついでに「ベルばら」のチケットも、私に超能力があれば全部解決するのに。ユリ・ゲラーもスプーン曲げだけじゃなくて、もっと世の中の役に立つことをしてほしいと思う。
※最大の被害を出した三菱重工ビルをはじめとする連続企業爆破事件は翌年5月に犯行グループの東アジア反日武装戦線のメンバーが逮捕されるまで相次いだ。裁判中、日本赤軍のハイジャック事件で犯人の一部が超法規的措置で釈放され、現在も2人が国際手配されている。