Infoseek 楽天

”キモかわ”スイーツ描き続けた異色の米巨匠、ウェイン・ティーボー 日本初の画集発売

産経ニュース 2024年7月5日 15時58分

ケーキやパイなど、カラフルなスイーツを描き続けた米の巨匠、ウェイン・ティーボー。その日本初となる画集「デリシャス・メトロポリス ウェイン・ティーボーのデザートと都市景観」(創元社)が発売された。ポップな題材を古典的な手法で描く作風が注目を集めており、日本語訳などを担当した聖学院大の江崎聡子准教授(米美術、米視覚文化)は「可愛らしさと不気味さが一緒になった、いわば“キモかわいさ”が特徴」と魅力を語る。

美しい色彩と不安定さ

整然と並ぶ15個のショートケーキを描いた「ボストン・クリーム」(1969年)。色とりどりのアイスクリームやケーキを配置した「デザートの円」(92~94年)…。

ピンクや青、黄などパステル調の明るい色彩が目に飛び込んでくる。江崎さんは「美しい色遣いはティーボーの大きな魅力。1950年代の米国映画や広告に出てきそうな『古き良きアメリカ』を思わせる色です」と評価する。

ただし、絵画を見て「おいしそうだ」と感じさせるだけでなく、違和感も醸し出すのがティーボーの特徴だ。極端に明るい照明の下、整然と配置されたスイーツは、人工的で孤立感も覚えさせる。

江崎さんは、「そこはティーボーの狙いだと思う」という。

「どの作品もスイーツやショーケース以外は描かれず、切り離されている。ティーボー自身も『私が求めるのはある種の隔離された空間』と言っていて、違和感や孤独感は彼の大きなテーマです」。

いくつかの作品では輪郭線に虹のような色彩を使っており、「見ていると、かすかに動くような錯覚を覚える。ぱっと見の愛らしさとよく見たときの不気味さを併せもつ、いわば“キモかわいさ”が特徴の作品」と指摘する。

画集にはサンフランシスコの町並みを描いた作品も掲載した。「急な坂道」(80年)など、超現実的な急勾配を持つ不思議な空間が描かれ、人がだれもいない。

江崎さんは「宙に浮いたような不思議な視点から描かれている。やはりどこか違和感を覚えさせ、不安定さを感じさせる作風です」と語る。

現代の静物画目指す

ティーボーは1960年初頭からスイーツを描き始めた。当初は理解されず「カリフォルニアの最も空腹な画家」などと揶揄されたという。2021年に101歳で死去するまで膨大な数の作品を描いたが、大半がスイーツ作品。なぜこの題材にこだわったのか。

画集には「我々は我々の時代の静物について、わけもなく慎重になっている」というティーボーの言葉がある。

「かつてセザンヌがリンゴを描いたように、“現代の静物画”の題材としてスイーツを選んだ。周囲は相当驚いたようですが」と江崎さんは語る。

古典派とポップアートの間で

1960年代は、ポップアートが興隆を迎えた時代だ。しかし、印刷のように平面的に描くなど、既存のルールを破壊するポップアートに比べ、ティーボーの筆遣いは古典的なものだ。

「結局、ティーボーは古典派からは『題材がふさわしくない』とみなされ、ポップアート界からは『技法が保守的過ぎる』とされ、どちらにもうまくはまらなかった」という。

その後、米国でティーボーの評価は徐々に高まり、現在ではアンディ・ウォーホルなどと並ぶ画家として知られている。しかし、江崎さんは「日本では米国美術は抽象表現主義やポップアートに代表される現代アート以外人気がなく、ティーボーは無視された状態が続いている」と指摘する。

江崎さんは「私はとてもいい作品だと思う。今、エドワード・ホッパーの絵がSNSを通じて若い人に親しまれているように、ティーボーも幅広い層に知ってもらえればうれしい」と期待を語る。(岡本耕治)

ウェイン・ティーボー 1920年、米アリゾナ州に生まれ、間もなくカリフォルニア州に移住。高校卒業後、漫画家となる。サクラメント州立大(現・カリフォルニア州立大サクラメント校)大学院で博士号取得。60~91年までカリフォルニア大デイヴィス校専任教員を務める。大学在学中から画家として活動し、61年からスイーツを題材にした作品を発表。翌年の個展で注目される。2021年、101歳で死去。

この記事の関連ニュース