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野菜も育てる水産養殖 和牛細胞からステーキ肉培養 食糧危機に挑む先端技術 万博未来考 第3部(2)

産経ニュース 2024年8月26日 7時0分

将来の世界の人口と食料需要はいずれも右肩上がりが予想され、食糧危機は地球規模の課題の一つだ。飽食の現代日本が未来を変える先端技術の研究開発に挑んでいる。

本州最南端に近い和歌山県串本町大島。沖合約1キロにある直径約30メートルのいけすで、体長1メートル超に育った「海のダイヤ」が泳ぐ。近畿大が2002(平成14)年に世界初の完全養殖に成功した高級魚、クロマグロだ。

「海を耕せ」の大号令

魚の養殖研究は近大の前身、大阪理工科大時代の1948年にスタート。クロマグロの研究開発は大阪万博開催の70年から水産庁の事業の一環で始まった。近大を「先駆者」たらしめたのは、創設者にして初代総長の世耕弘一(こういち)氏が終戦直後にかけた大号令である。

「海を耕せ」。敗戦で国土が縮小する中、世耕氏は陸での食料増産だけでなく、海を畑に見立てて海産物を「生産」することで、戦後の食糧難から脱却しようとした。

養殖がまだ一般的ではない70年当時、万博会場のレストランの水槽では近大が人工孵化(ふか)に初めて成功したイシダイとイシガキダイの交雑魚(現キンダイ)などが遊泳。メニューの中で、養殖魚はイラストつきで《将来の水産資源確保の上からも貴重》と評された。

もっとも、70年万博で「水産資源確保」に向けた具体的な道筋が示されたわけではなかった。

近大の完全養殖は、人工孵化の稚魚を育てて産卵させ、次の世代を育てて産卵させるサイクルを繰り返す方法だ。近大水産養殖種苗センターの岡田貴彦(ときひこ)センター長は「安定して市場に供給する仕組みは完全養殖でこそ成り立つ」と胸を張る。皮肉にも日本では天然志向が根強く、養殖魚は環境保護の意識が高い欧米などで消費者への訴求力があるという。

環境保全と両立

70年万博から半世紀余りたち、日本でも養殖魚が食卓に上ることは珍しくなくなった。とはいえカロリーベースの食料自給率は低水準で、紛争や諸外国の輸出規制などによって食糧危機に陥るリスクは否定できない。

2025年大阪・関西万博では、食糧問題や環境を意識した施設が登場する。大阪府市や経済界が出展する地元館「大阪ヘルスケアパビリオン」の敷地に展示される「生命(いのち)の器」(仮称)だ。

水産養殖と水耕栽培を組み合わせた「アクアポニックス」と呼ばれる施設で、養殖魚の排泄(はいせつ)物を微生物が分解し、野菜などの植物が養分として吸収することで水を浄化。水や肥料を節約でき、都市部や月面などでの実用化が期待されている。

生命の器は、上部の透明な球体(直径約7メートル)でリーフレタスやトマトなどを栽培し、下部の複数の水槽でチョウザメやマダイなどを養殖することを想定している。

監修に関わった大阪公立大植物工場研究センターの北宅(きたや)善昭センター長は、その意義を「食料生産と環境保全を両立する上で有効」と説明し「万博は食生活や環境負荷を考え直す契機になる」と語る。現代の万博が発信する「自給型」の養殖技術は、食糧危機の救世主となるか。

3Dプリンターで加工

先端技術を駆使して食材を生み出す「フードテック」は、未来の食のあり方を発信する2025年大阪・関西万博で注目される分野の一つだ。

家電製品でパンをつくるように、自宅にいながらスイッチ操作で和牛の細胞から自分好みの味や質の肉をつくる-。大阪府市や経済界が出展する地元館「大阪ヘルスケアパビリオン」では、そうした未来社会の演出を計画している。

手掛けるのは、大阪大と島津製作所、伊藤ハム米久(よねきゅう)ホールディングスなど5者が立ち上げた共同事業体「培養肉未来創造コンソーシアム」。万博を通じ、食用培養肉技術の社会実装を目指す。

大阪大の研究室で3Dプリンターのノズルから、培養液が入ったシリンダーに和牛の筋肉細胞や脂肪細胞が注入され、ひも状に加工。金太郎飴(あめ)をつくるように〝ひも〟を手で束ねて、肉を構成する細胞の塊をつくる。

4月に筋肉と脂肪の塊をフライパンで数分間加熱したところ、いずれも本来の肉のような焼き目がついた。脂肪は筋肉に比べ、より焼き肉に近い香りだったという。現状1センチ角の培養肉の製造に10万円ほどかかるため、工程の自動化や細胞の大量培養を実現し、コストを低減する青写真を描く。

畜産不足を補完

こうした技術の開発が進む背景に、今後予想される世界の人口増加と食料需要の高まりがある。

農林水産省などによると、現在81億人を超える世界人口は増加を続け、2050年の食料需要量は10年と比べ1・7倍の58億トンになる見通し。なかでも畜産物の増加率は高く、タンパク質の供給不足が懸念されている。

家畜の飼育には広大な土地が必要で、牛のゲップは温室効果ガスを含有する。1970年大阪万博のころと比べ、持続可能性が重視される中、環境負荷を抑えた培養肉が畜産肉の不足を補完する食材として普及すれば、課題解決の切り札になる可能性がある。

コンソーシアムの中心メンバーである大阪大大学院の松崎典弥(まつさきみちや)教授(高分子化学)も「培養肉が消費者の選択肢の一つになることが重要だ」と強調する。大阪ヘルスケアパビリオンでは、よりリアルなイメージを来場者に抱いてもらうため、培養肉ステーキの実演調理を計画中だ。法規制により試食はできないが、松崎氏は「肉が焼ける香りを楽しんでもらいたい」と意気込んでいる。

 

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