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「シゲオちゃん」の一言で 巨人移籍劇の裏側 断りは辛いが「私は義理を通す性格です」 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<18> 

産経ニュース 2024年12月19日 10時0分

《昭和50年のオフ、幻の阪神入り…》

大阪に行った際、あるパーティーに招かれました。同じテーブルで阪神の吉田義男さんと一緒になった。球界の先輩です。しかも当時、阪神監督1年目です。以前にも何度か会っているので「阪神で取ってくれませんかね?」と話しました。「そういう話は聞いている。うちに来るか?」と吉田さんが誘ってくれたんです。日本ハムは自分で探していいと言っていた。

「ぜひ行かせてください」と返すと「わかった。2、3日したら電話する」。電話がきました。「上(球団上層部)には話した。今夜、会うわ」って。もう跳びあがりました。阪神に行ける。高校のとき甲子園に行けなかったから喜びましたよ。家に戻って「おそらく5、6年(大阪に)行かなきゃならない」って土地も買った。(兵庫の)宝塚に80坪ね。「あんた、早いわね、相変わらず」と女房に言われて(笑)。

《「おお、監督…」》

そんな話があった後でした。東日貿易の会長で久保正雄さんという方がいらっしゃる。長嶋茂雄さんの個人的な後援会長で、インドネシアのスカルノ大統領の後ろ盾だった。私の後援者がとても交友関係が広く、久保会長とも知己がある。私も何度かお会いしていました。ある日、高樹町(東京・南青山)の久保会長のお宅にお邪魔しました。大きな屋敷でプールがあり、リビングにはドーベルマンを7匹飼っていた。奥の大理石がある応接間で久保会長が座っておられた。

「おお、来たか。お前、何かトレードとか、どっかに行きたいとかいう話があるのか?」。去就の話でした。「ハイ、行かざるを得ないでしょう」「どこかあるのか?」「いや、まだ正式には決まっていません」と言った直後です。「巨人はどうかね? 入りたいかね」って言うんです。当時は私だけじゃなく、みんな巨人に憧れていましたよ。条件はいい。人気はある。「そんなの子供のころから…」と言ったら「おお、決まったな」「えっ? 何がですか?」。次がびっくりでした。

「おい、シゲオちゃん」

突然、長嶋監督が現れたんです。ドアを開けて。そりゃ、びっくりするでしょう。跳びあがったというより、もう直立不動です。「おお、監督…」って。汗、だくだくですよ。座れって言われ、座っても緊張してしまって。会長が「シゲオちゃん、決まったからな。張本がね、行くって言ってるわ」。「ハイ」って長嶋監督が言ったんです。私の巨人入りは、久保会長のひと言で決まったんですよ。

《〝阪神内定〟の断りで知った吉田さんの懐の深さ》

巨人入りはうれしかった。でも私は義理を通す性格です。長嶋監督に「監督、2日待ってください」と。会長も「2日? そうだな、お前もあっちこっち電話するところがあるだろうからな」。その席を離れました。

家に戻りました。吉田さんに電話したんです。つらいよね、断りは…。「吉田さん、実は…」と事情を話しました。普通10人おったら9人がね、「それはもう、上に通しておるんやから、もう一回な、考えてくれ」って言いますよ。上司に許可をもらってるんですから。それが「ええやないか」と言うんです。びっくりしました。「お前、東京だしな、子供のころから巨人、好きやったし、良かったな。頑張りや」ですよ。ホンマ、涙が止まらなかったですよ。そんなに涙を流す男じゃないけど、受話器を持ってね、「ハイ!」と大阪方面に向かって頭を下げて。頭が上がらなかったですよ。

しばらく茫然(ぼうぜん)としておりました。巨人に行けるうれしさと本当に「これでええんかいな」という思いがありましたが、世の中、こういうものかなとも思ってね。この話をすると、うん涙がにじんでくるよ。吉田さんのこと、みんな悪口を言う人が多いけど懐が深い人です。(聞き手 清水満)

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