きょう13日は、年越しのしつらいを始める「正月事始め」。正月飾りなど季節の行事や祝い事に欠かせない水引は、長野県飯田市が国内シェア7割を占める。自然豊かな山あいの地では、日本独特の文化を守ろうとする職人や、水引を現代アートに昇華させたアーティストらが、精力的に活動している。
糸へんで万物を
「結んで結んで、ひたすら結んで、これでもかってくらいに結ぶんです」。その道一筋40余年の水引職人、関島正浩さん(60)の言葉が、ずしりと胸に響いた。
幅1ミリほどの水引は、こより状にした和紙のひもを糊付け、乾燥させたのち、着色して作る。この「ひもにするところ」までは機械でもできる。職人の力量が発揮されるのは、その先だ。
爪と指の腹でしごきをかけて、やわらかく丸め、結ぶ。水引を生き物のように操り、万物を思うままに形づくる。
「この仕事は、結う、編む、組むという〝糸へんの世界〟なんです」と関島さん。流れるように、ときに弾むように。自在に動く武骨な指先が、人の手でしかできない造形美を紡ぎ出す。利き手の親指の先端を見ると、長年ひもをしごいてできた小さなくぼみがあった。10本の爪は短く切りそろえられていた。
船旅の安全願って
水引の歴史は7世紀初頭、遣隋使が隋(中国)から持ち帰った献上品に、紅白に染め分けた麻ひもが掛けられていたことに始まるとされる。本来の意味は船旅の安全祈願だったというが、日本では拡大解釈され、「贈答品に結ぶもの」として定着した。
以来、水引は日本人の人生に寄り添ってきた。生まれたばかりの赤ん坊の枕元には、水引で彩られた出産祝い。それから七五三、入学、卒業、就職、結婚、葬式まで。人生の節目には常に水引がある。
金封や贈答品の掛けひもとして使われるだけでなく、立体の細工物は髪飾りやブローチといったアクセサリーや装飾品、インテリアとしての引き合いも多い。
関島さんは、人生の大きな節目である成人式の髪飾りを、年間50個ほど受注する。色も形も大きさもすべてオリジナルの一点もの。一つ一つ丹精込めて結び、編み、組むことで、新成人の門出を華やかに彩る。髪形や好み、晴れ着の色柄に合わせて、平面でも立体でも、花鳥風月たいていのものは形にすることができるという。
現代アートに変身
関島さんのような伝統的な職人ばかりでなく、飯田市には、水引に現代的な美しさを見いだしたアーティストもいる。仲田慎吾さん(42)。郷里にUターンして水引と〝再会〟し、「とりどりの色彩と独特の質感、日本的な雰囲気を持ち、曲げたり加工したりできる使いやすい素材」と、その魅力にひかれた。
仲田さんにとって水引は作品を生み出す素材。結うのではなく、切って連ねて貼ることで、アート作品を制作し、自らの世界観を表現している。「水引同士が連なると、これまでに見たことのない独特の表現があらわれる。そこに面白さがあります」
実用から装飾まで幅広く用いられ、地場産業として地元の人々の暮らしを支えてきた水引。しかし時代の趨勢(すうせい)で、水引で贈答品を豪華に引き立てる習慣は廃れ、盛大な冠婚葬祭は減り、季節のしつらいを大切にする文化も縮んでしまった。関島さんは「いつの時代も水引は、人の思いをのせて結ばれるもの。あえて言葉でなく水引に思いを託すのは、日本人ならではの奥ゆかしい感性であり、絶やしてはならない文化なのです」と、その変容を残念がった。(田中万紀)