Infoseek 楽天

12歳の少年が見た昭和25年 公職追放された僕の祖父は「軍国主義者」だったのか プレイバック「昭和100年」

産経ニュース 2024年10月13日 8時50分

<当時の出来事や世相を「12歳」の目線で振り返ります。ぜひ、ご家族、ご友人、幼なじみの方と共有してください。>

正月でもないのにごちそうが並んだ。祖父の例の件が解除されたからだ。大きな声では言えないが、公職追放のことだ。村の助役だった祖父は3年前、突然役場を辞めさせられた。退職金も恩給もなく、その後は細々と野良仕事を続けていた。

「おじいさんは何も悪いことしてないから」。両親はそう言うだけで詳しいことは話してくれなかったが、村長や校長のような人がみな追放されたのだ。剣道場の師範の先生まで辞めさせられた。新聞には「GHQ(連合国軍総司令部)の方針」というようなことが書いてあった。戦中の政治家や軍人ならまだしも、こんな田舎の年寄りまでなぜ悪者にされるのか。

同じような人は全国に20万人以上もいて、ほとんどが地域の名士のような人だという。都会では「自分は昔から平和主義者だった」などと言い訳して逃れた人もいたらしいが、祖父は堂々と役場から去ったと聞いた。

近所の人のあいさつがよそよそしくなったのは僕にもわかった。このあたりが空襲にあったとき、祖父は先頭に立ってみんなを守ったのに…。学校の先生からは「お前のおじいさんは軍国主義者だった」と言われてショックだった。

今回解除されたのも6月に朝鮮戦争が始まり、日本の協力が必要になった「GHQの方針」のようだ。朝鮮は最近まで日本だったし、朝鮮人の友達もいるので気が気ではない。アメリカのトルーマン大統領は「原爆投下もある」と言ったらしいし、日本でも「戦争で金へん、糸へんが儲(もう)かっている」とラジオで平然と話している人もいた。金へんは金属や機械、糸へんは繊維を指すようだが、戦争の恐ろしさをもうみんな忘れてしまったのか。

この年は7月に京都の金閣寺が全焼し、見習いの僧侶が放火したとして逮捕された。去年は法隆寺金堂が焼ける火事もあった。京都や奈良は戦火でも残ったのに、戦争が終わった後に焼けるなんて一体日本人は何をやっているのだと思う。

これもGHQの命令のようだが、8月には警察予備隊という組織ができた。警察官から予備隊になった人も多いというが、軍隊と同じような訓練をするらしい。だったら前のように軍人さんに任せたらいいと思うが、新しい憲法があるからできないようだ。

うちは農家なので心配することはあまりなかったが、最近は都会でも食べ物に困らなくなってきたらしい。穀物の販売価格も米以外は自由になり、逆に都会のほうが充実しているようだ。先日新聞で見た初代ミス日本の山本富士子さんのように美しくてスタイルの良い女の人が増えているのもわかる気がする。

池田勇人蔵相が「貧乏人は麦を食え」と言ったことに国民は怒っているようだが、僕の家では今も毎日麦を食べているし、日本人はだんだんとぜいたくになっているのかとさえ思う。

祖父が解除されたのと同じ頃、今度は僕の学校の先生が職場を追放された。祖父のことを「軍国主義者」と呼んだあの先生だ。組合活動に熱心で「アカ」と認定されたらしい。

「戦中と今では何もかもがひっくり返るほど変わった。世間の評価なんてすぐにまた変わるもんさ」。祖父は突然立場が入れ替わったかのような先生を、そう言ってなぐさめていた。

※昭和22年1月、GHQによる「戦前の古い指導者の排除」を目的に企業や市町村の有力者にまで拡大された公職追放は朝鮮戦争勃発後の25年以降、段階的に解除された。一方で同じ年からレッドパージが進み、戦後の民主化に反するとして「逆コース」とも呼ばれた。

この記事の関連ニュース