戦後の名宰相、吉田茂や文豪、島崎藤村が愛した神奈川県大磯町の老舗和菓子店「新杵(しんきね)」に、平塚市在住の97歳の書家、佐野圭雪さんが、平安末期の歌人の西行法師が大磯付近で詠んだ和歌を書いた屏風(びょうぶ)2枚を寄贈した。歌にある「鴫立沢(しぎたつさわ)」の地には300年以上続く俳諧道場もあり、文化豊かな風情にちなんだ同店の「西行まんじゅう」は大磯名物だ。屏風は店内に飾られており、佐野さんは「私自身も長らくお世話になっている老舗でもあり、私の書が、お店や地域の役に立つことができれば」と話している。
和歌は、「心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ」で、意味は「俗世間の心を捨て出家した私でさえ、このしみじみとした趣を感じる。鴫が飛び立つ沢の秋の夕暮れ時は」。西行法師は鳥羽上皇に仕えた武士だったが、出家して全国各地を行脚して歌を詠んだ。屏風に書かれた和歌は、大磯付近の吟遊で詠まれたが、「鴫立沢」にちなんだ庵が江戸時代につくられ、以後、俳諧道場として知られるようになった。
新杵は1891(明治24)年創業で、130年以上の歴史を誇る。現在は四代目の齋藤昌成さん(54)が店主を務める。二代目店主の平吉さんが考案した、毎日食べても食べ飽きないと評判の「西行まんじゅう」は神奈川県指定銘菓にも選定。大磯在住の著名人がよく利用し、特に文豪の島崎藤村、元首相の吉田茂は足しげく通ったとされ、藤村は西行まんじゅうが好物だったという。
昭和2年生まれの佐野さんは仕事のかたわら、27歳頃から本格的に書道を始め、平塚市を拠点に活動。神奈川の書家らでつくる21世紀国際書会に加盟する圭雪書道院の代表を務めるほか、地域の書道振興に尽力するなど、地域を代表する書家で、書歴は約70年に及ぶ。
佐野さんも新杵に通うファンの一人だ。長年の感謝とともに、名店を盛り上げる意味も込め、西行が詠んだ歌の書を寄贈した。屏風に貼られた紙は金箔(きんぱく)を施した手すきのもので、1枚の大きさが縦150センチ、横90センチ。「1枚しかない紙だったし、書き損じがないよう心を込めて書き上げた」(佐野さん)という。
四代目女将(おかみ)の齋藤総子さん(48)は「今後も末永く、多くの人に愛されるよう、いただいた書を大切にしていきたい」と話している。
佐野さんの地域への思いは強く、母校である平塚市立富士見小学校(森下志麻校長)には今春、滝廉太郎作曲で知られる「荒城の月」の歌詞を書いた半切サイズ(縦35センチ、横135センチ)の書を寄贈。同校の音楽室に飾られている。
佐野さんは「書を通して地域の人たちに喜んでもらえたらうれしい」と話している。