「天国のペットをもう一度抱きしめたい」。愛するペットに死なれた経験がある人なら、誰もが願うことだろう。そんな希望をかなえる職人がわずかながら存在する。オーダーメードで人形作りを引き受け、その技法も生徒に伝えている、羊毛フェルト教室「アルチザン・シマ」(東京都目黒区)の島史彦さん(48)を訪ねた。
脱サラ、職人の道へ
自宅に併設した教室で講師をする島さんは、平成10年に玉川大工学部を卒業後、医療・福祉用ベッドのメーカーに入社。約15年、営業やシステム統括の部署で働いた。
退職後、偶然テレビの特集で羊毛フェルトの存在を知る。5歳から中学生まで絵を習い、美術の心得があった島さん。自然と足が近所の手芸店に向いた。
平成25年の春。当時飼っていた愛犬のフレンチブルドッグ、シエナちゃんの人形を作った。「とにかくかわいかったので、その時の姿を形にしたかった」と島さん。それを見た友人から「仕事にできるのでは?」と褒められたことをきっかけに、手芸店で講師を始めた。
まもなく個人で人形制作の依頼を受け付けるように。シエナちゃんとその毛色から、「クリームシエナ」と名乗ってインターネットで受注し、同年夏からは教室も開いた。
「抱き上げて涙が」
制作は、まず依頼者から送られてくるペットの写真をもとに製図し、骨組みを作る。そこに白い綿で肉付けをするように動物の形に整え、実際の色に近い羊毛フェルトで表面を覆って毛並みを整える。
依頼の大半は、死別したペットの人形を作ってほしいというもの。同じものを2体作って、一つは離れて住む家族に送ってほしいという依頼者までいる。
家族同然のペットの代わりになるには、少しのずれも許されない。依頼を受け始めた当初は、「目を大きくしてほしい」「肉付きを良くしてほしい」と、追加の注文を付けられてしまうこともあった。
「人形を写真と同じアングルで撮ったとき、写真と同じように映っているか確認して、違いがあれば修正する」。制作の終盤は、これを幾度となく繰り返すという。
今では「箱を開けた瞬間、抱き上げて涙が出そうになった」との声が寄せられることもあり、島さんは「この仕事をできていることに幸せを感じる」とやりがいを隠さない。
手法を標準化を大切に
店名にある「アルチザン」は、フランス語で職人の意。アーティスト(芸術家)ではなく、技を伝え続ける者として、教室を訪れるお客さんの思いに応えたいという信念から名付けた。
「自分の手で作りたい」という人がみんな、絵心があったり、器用だったりするわけではない。誰でも思い描いた通りの人形を完成させられることを最優先に、手法の標準化を大切にしている。
人形を作り始めて10年がたったが新たな問題が出てきた。どれだけ丁寧に作ったとしても、羊毛フェルトでできた人形はあくまで鑑賞用。触りすぎると毛がへたったり、絡まったりして傷んでくる。
「触っても大丈夫な素材を研究したい。少しでも長く、人形が癒やしを求める方々の助けになれば」。ペットロスに苦しむ人々にもっと寄り添うにはどうしたらいいか、「職人」の追究は止まらない。(堀川玲)