「親を、任せたいんです」。東京都内で暮らす会社員の山下京子さん(37)=仮名=は電話口で苦しい胸の内を伝えた。電話の相談先は、親の介護支援から最期の看取り、葬儀手配などを代行してくれる業者。打ち明けたのは、79歳の実母のことだった。自分本位で依存的…。そんな母に振り回されてきた。
20代の頃に父が病死してからは、母と2人暮らし。結婚報告すると、祝福されるどころか「私の面倒は誰が見るのか」と返してきた。幸い、結婚して家を出るタイミングで、母に住み込みの仕事が見つかった。施設の管理をする仕事で、給料の代わりに家賃と光熱費は施設側が持ってくれるというものだった。
母の生活は仕送りで支えることに。毎月数万を送ったが、送った数日後には「お金がない」と電話が来た。洋服や化粧品代などに消えていた。母がツケで商品を購入した店から「支払いがない」と連絡を受け、財布を持って駆けつけたこともある。ゴミの出し方などを巡り、近隣住民とトラブルになると、苦情処理にも追われた。
自分のことは顧みない母と、けんかが絶えなかった。夫は黙って見守ってくれていたが、子供たちに母といさかう姿を見せることは苦痛だった。
業者に依頼
そんな中、母の住む施設から「契約の終了」を告げられた。母の貯蓄はゼロで、収入は月4万円ほどの年金のみ。自治体に相談し、生活保護を使って老人ホームに入所できることになったが、この先も生活をかき乱されるのかと思うと「もう関わりたくなかった」。
精神的に限界だった山下さんが頼ったのは、家族代行を行う一般社団法人「LMN」(東京都渋谷区)だった。登録料など55万円で、施設からの連絡の受け取りや各種手続きなどを頼める。病院への付き添いなども1回4時間程度、1万1千円(交通費は別途)で代行してくれる。
すがる思いで依頼したのが昨冬。以来、母とは会っていない。「『会いに行かなければ』とも思う。でも、あの言動を思い出すと足が向かない」と山下さん。今は「母が亡くなった後に会う」という選択肢も視野に入れている。
「救われた」話す人も
LMNには今、年老いた団塊世代の親を抱えた30代後半~50代からの相談が絶えない。代表理事の遠藤英樹さん(57)は「3年前は月30件ほどだった問い合わせ件数は、今では5倍近い」と明かす。
多いのは、長期間交流がなかった親から、突然連絡を受けたというケースだ。さまざまな葛藤の末、実家から離れて暮らしてきたのに、再び親と向き合い介護や最期を看取る「問題」に直面。戸惑いや不安から、その代行を依頼する人も少なくない。定期的に連絡を取り合う関係であっても親が認知症となり、対応に疲れ切った子が家族代行を依頼してくるケースなどもあるという。
核家族化が進むが「親の面倒は子がみるもの」との価値観は根強く、遠藤さんは「子は年老いた親について一人で悩みがちだ」とする。そうした中で親を誰かに任せる選択肢があることで、「救われた」と話す依頼者も少なくないという。
店じまいならぬ〝家族じまい〟。薄情にも映りかねないが、遠藤さんはこう続けた。「支援を受けられない高齢者も大勢いる。子がお金を出して親を誰かに任せることは自分勝手ではなく、ある種の優しさといえるかもしれない」
1人暮らし高齢者、2050年には1084万人に
内閣府の「高齢社会白書」(令和6年版)から65歳以上のいる世帯を構造別にみると、三世代で暮らす世帯は昭和55年には50・1%と全体の半数を占めていたが、令和4年には1割を切り7・1%まで減少している。
一方、夫婦のみの世帯と単独世帯は、昭和55年は、それぞれ16・2%と10・7%だったが、令和4年には、32・1%と31・8%となり、計6割超に上っている。
1人暮らしの65歳以上の高齢者は、昭和55年の約88万人から令和2年には、約672万人まで増加。2050(令和32)年には約1084万人に達する見込みだという。
65歳以上の高齢者を対象とした国の調査(令和5年度)によると、「孤立死を感じるか」の問いに「とても感じる」「まあ感じる」とした割合は計約5割に上っている。(三宅陽子)
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急激な単身化が進む日本で、これまで人と人とをつないできた「縁」が薄まっている。そんな社会の今を追った。