Infoseek 楽天

12歳の少年が見た昭和52年「人の命は地球より重い」と言ったほうがカッコいいとは思うが プレイバック「昭和100年」

産経ニュース 2024年9月15日 8時50分

<当時の出来事や世相を「12歳の子供」の目線で振り返ります。ぜひ、ご家族、ご友人、幼なじみの方と共有してください。>

「一人の命は地球より重いと思いますか?」

学校の先生が突然こんなことを言いだして戸惑った。隣の席の子に聞くと、「ニュース見てねえの?」とあきれつつ説明してくれた。フランスを飛び立った羽田空港行きの日航機がハイジャックされ、犯人たちは身代金と仲間らの釈放を要求、福田赳夫首相は「一人の命は地球より重い」と言って要求を聞いたそうだ。

犯人たちは「従わなければ人質を殺す」と言っていたというが、僕だったらどうしただろう。もし僕の家族が人質だったら犯人の言うことを聞いてほしい。でもそうでなければ、聞くことはないと思うだろう…。そんなことを考えていたら、先生も答えは言わずにチャイムが鳴った。

学校では今、スーパーカー消しゴムが大流行だ。この休み時間もボールペンのお尻の飛び出す部分を使ってカーレースをした。学校におもちゃを持ってきてはいけないが、これは「消しゴム」だからいいのだ。僕は十数個持って来ていて、全部のタイヤの裏側に瞬間接着剤を塗って乾かしてツルツルに改造した。このテクニックを知らない子は多分勝てない。

今年の夏休みには親戚のおじさんに「スーパーカーショー」に連れて行ってもらった。僕の好きなランボルギーニ・カウンタックLP400はドアを上向きに開けていて、ヘッドライトも上げ下げしてくれた。フェラーリ512BBにポルシェ930ターボなどもずらりと並んでいて、よだれが出そうだった。

おじさんは車好きで、「サーキットの狼」の映画も一緒に見に行った。今度は富士スピードウェイに連れていってと頼んだら、前の田中角栄首相のマネをして「よっしゃよっしゃ」と軽く言ってくれたが、まだ実現していない。

この年は9月に巨人の王貞治選手が米大リーグのハンク・アーロン選手を抜いてホームラン世界記録の756号を打った。大リーグより打つなんて信じられない。もしかして日本のプロ野球はすごくレベルが高いのかと思ったが、野球に詳しい友達は「すごいのは王さんだけ。大リーグで日本の選手が活躍するなんて100万年たってもあり得ない」と解説していた。

年の初めには恐ろしい出来事もあった。「青酸コーラ事件」だ。東京で高校生らが公衆電話近くに置いてあったコーラを飲んで死亡した。コーラからは青酸という毒が出て、誰かがわざと入れたらしい。

この事件で2人が亡くなり、他にも似たような事件があったが、犯人は捕まっていない。6月には和歌山でコレラという病気に100人以上が感染し、1人が亡くなった。どちらも自分も被害にあいそうな話だったのでよく覚えている。

「一人の命は地球より重いと思いますか?」。先生の質問がまた頭に浮かんできた。たぶん「重い」と言ったほうがカッコいいし、ほめられそうな気もするが、じゃあ普通に亡くなる人は毎日大勢いるけど、全員の命が地球より重いのだろうか。そしたら地球ってすごく軽いものになってしまうのでは。逆にあのハイジャック事件で釈放された仲間が別の事件を起こして被害にあう人が出たらどうするのか。その人たちの命は重くないのだろうか…。

ようやく考えがまとまりかけたところで、先生からげんこつを落とされた。「学校に消しゴムは持ってきてもいいが、10個もいらんだろ」。スーパーカーは全部没収された。

※日本赤軍によるハイジャック事件は9月28日に発生、乗員乗客156人(うち犯人グループ5人)を乗せた日航機はバングラデシュのダッカに着陸、要求を実現させた後、他の空港を経由しながら人質を解放した。過激派らの釈放は「超法規的措置」とされたが、各国からは「日本はテロも輸出するのか」と批判された。

この記事の関連ニュース