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全国唯一の空白地帯「四国に新幹線を」 動き活発化の裏に「夢の超特急」との深い縁

産経ニュース 2024年9月30日 10時0分

東京と大阪を高速運転で結ぶ東海道新幹線が開通してから今年10月で60年を迎える。その後、新幹線は路線拡大を続け、本州から北海道、九州に伸びた。そんな中、空白地帯となっているのが四国だ。しかし、実は新幹線と四国は縁が深い。「夢の超特急」の計画を推し進め、「新幹線の生みの親」と呼ばれた人物は愛媛出身。愛媛と高知をつなぐローカル線には初代新幹線車両「0系」そっくりの観光列車が走っている。

功績たたえる

JR予讃線の伊予西条駅(愛媛県西条市)。線路を挟んで北館、南館を構えるのが「四国鉄道文化館」。その北館では団子鼻が特徴の「0系」の先頭車が展示されている。この車両は昭和51年に製造され、平成12年の引退時はJR西日本博多総合車両所に所属し、山陽新幹線の「こだま」として活躍していた。その後、JR四国が譲り受け、同館にやってきた。

残念ながら、車体の後ろ半分はカットされているが、車内はもちろん、運転席にも入ることができる。「運転席の常時開放は全国的にも珍しい」と同館。多くの来館者が席に座って記念撮影するといい、一番人気の展示物という。

なぜ、この地に新幹線車両が展示されているのか。北館の前に建つ銅像が、その答えだ。十河信二(そごうしんじ)。昭和30年、71歳で国鉄総裁に就任。東海道線の輸送力強化のために東京と大阪を結ぶ広軌の新路線を敷く新幹線計画を進め、建設費不足を世界銀行からの融資でしのぐなど、反対の声も上がる中、難局を切り抜けた。日本の大動脈の「生みの親」の功績を新幹線車両の展示でたたえているのだ。

十河は地元の名士だ。明治17年、現在の愛媛県新居浜市で生まれ、旧制西条中学、東京帝国大学を経て鉄道院に入庁。満州に渡った後、戦後は第2代西条市長も務めた。北館に隣接する「十河信二記念館」では十河の足跡や人となりが紹介されている。新幹線建設が始まっていなかったころ、兵庫・芦屋から東京へ遊びに来た孫に「今におじいちゃんが、大阪まで2時間くらいで行ける電車をつくってやるからな」と話したエピソードには、新幹線への熱い思いが感じられる。

ハードル多く

ここにきて、四国新幹線の実現に向けた動きが活発だ。8月には四国4県や経済団体などで構成する「四国新幹線整備促進期成会」が都内で大会を開き、同新幹線の整備計画への格上げに向け、法定調査を実施するための予算措置などを要望した。同期成会によると岡山から瀬戸大橋を経由して四国各地へ延びる同新幹線が実現すれば、松山-新大阪間の所要時間は現在より2時間近く短縮され、1時間38分となる。四国内も松山-高松間が42分に。現状の2時間22分から大幅短縮となる。

ただ、今後の開業を目指している北海道新幹線の新函館北斗-札幌間、北陸新幹線の敦賀-新大阪間などでは建設費の高騰が指摘されている。そのほか、高速道路や人口減との兼ね合いなど、新幹線空白地帯からの脱却のハードルは多く、そして高い。すべてが右肩上がりだった十河の時代とは状況は異なっている。

貴重な車両がずらり

四国鉄道文化館の北館は「0系」の横に四国内でも活躍したDF50形ディーゼル機関車の1号機を展示。「準鉄道記念物」に指定されている貴重な車両で、こちらも運転席に入ることができる。

南館の敷地内には、車輪の幅を変えて異なるレール幅の路線の直通運転を可能とするフリーゲージトレインの試験車が置かれている。館内には四国内の急行列車で使われた強力エンジンのキハ65形気動車、C57型蒸気機関車44号機などが展示されている。四国4県の沿線風景を再現した鉄道ジオラマも人気を集めている。

また、同文化館では新幹線開業60周年を記念して企画展を10月31日まで開催。昭和34年4月に行われた東海道新幹線の起工式で、十河信二・国鉄総裁がクワ入れで使ったクワを展示。力強く振りおろしたクワは3度目には頭が抜けてしまったという逸話が残っている。(鮫島敬三)

四国鉄道文化館と十河信二記念館 JR予讃線の伊予西条駅下車すぐ。両館とも開館時間は午前9時から午後5時(入館は午後4時半まで)。四国鉄道文化館は高校生以上300円、小中学生100円で北館、南館両方に入館できる。十河信二記念館は入場無料。鉄道文化館、十河信二記念館ともに休館は水曜日。問い合わせは十河信二記念館(0897・47・3855)。

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