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ブルース・ブラザースをやらないか? 見終わって怖い、狂気の天才作家の作風で評判に 話の肖像画 喜劇役者、劇団SET主宰・三宅裕司<12>

産経ニュース 2025年1月13日 10時0分

《昭和54年11月、劇団「スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」が旗揚げされたころ、小劇場ブームだった演劇界。三宅さんには気になる存在が》

お客さんが楽しめる分かりやすい芝居という意味では、SETと比較的テイストが似ている東京ヴォードヴィルショーがライバルでしたね。あとは「笑いをやるんだったら東京乾電池の座長、柄本明さんを見なきゃだめだ」って言われました。とにかく両劇団ともお客さんにウケていたし人気もありました。

《その後、SETが56年1月に初演した「コリゴリ博士の華麗なる冒険」が評判に。いわゆるマッドサイエンティストのコリゴリ博士がフライドチキンの会社から研究費をせしめて、4本脚のニワトリを発明する。それを知った牛丼店が産業スパイを使って研究を盗み出す―》

僕がやりたかったのは、アングラのような難解な芝居ではなく、わかりやすく誰もが楽しめるエンターテインメントな舞台だったんですが、狂気の天才作家、大沢直行の作品のおかげで見終わった後で怖いなと思わせる作風になり、「コリゴリ博士の華麗なる冒険」は評判になったのではないかと思います。

そんなころ、(前に所属していた)大江戸新喜劇のマネジャーだった人で、芸能事務所「フィルム・イレブン」の代表を務める出口孝臣さんから僕のアルバイト先に電話があった。

そして、「日本でも映画『ブルース・ブラザース』みたいなのを作りたいが、これは音楽と笑いがメインだ。そういうことができるのは三宅君しかいないと思い当たった。一緒にやらないか」という話を受けたんです。

《「ブルース・ブラザース」は米国のコメディー番組「サタデー・ナイト・ライブ」でコメディアン、ジョン・ベルーシとダン・エイクロイドが演じる人気キャラクターを映画化した作品。1980年製作。帽子にスーツ、ネクタイ、サングラスと黒ずくめの2人がテンポのよい笑いとアクション、歌と踊りを披露し、日本でも人気となった》

僕はすでにSETをやっていましたので、出口さんに「僕も音楽と笑いの劇団を作っています。今度、見にきてください」と伝えました。ほどなく出口さんがSETの公演を見に来ました。そこで「なるほど音楽と笑いをやっているね」と気に入ってくれて。1回目にもお話ししましたが、それで劇団ごとフィルム・イレブンの所属になったんです。出口さんはあらゆる手段でSETを売り込んでくれました。そこで、ニッポン放送との関係ができるんです。

その一方で出口さんは芸能事務所「アミューズ」の現会長、大里洋吉さんと意気投合し、フィルム・イレブンごとアミューズに入ることになった。ここでサザンオールスターズとつながるわけです。

アミューズは稽古場も作ってくれました。「アミューズスタジオ2」というのがSETの稽古場になったんです。でも、本当は劇団専用ではない。で、「ほかのアーティストも使えるようにしなきゃおかしいじゃないか」という声も出るわけです。それを出口さんが大里会長と話し合って「ここはSETだけが使えるようにする」って言ってくれて。

それはものすごく大きかったですよ。稽古場を転々とするのと違って、稽古の量が増えるし、そうすれば演技がよくなりますから。

《58年3月、ニッポン放送のプロデューサー(当時)、宮本幸一氏が東京・新宿のシアターモリエールで上演されたSETの「名探偵・丸越万太の不完全殺人事件」を観劇し、魅了された。新番組のコーナー担当を探していた宮本氏は翌日、SETの出演をオファーしたという》

これでだんだんと三宅裕司が世に認知されていくんです。(聞き手 慶田久幸)

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