日本人にもなじみの深いケーキ「サヴァラン」は、明治初期に日本に伝わりました。西洋文化を積極的に取り入れようとした明治政府が、かつての武士に命じて、横浜の外国人居住区にあったフランス菓子店で製法を学ばせたことがきっかけとされています。
サヴァランの起源は19世紀半ば。パリのパティシエだったオーギュスト・ジュリアンが、仏北東部・ロレーヌ地方発祥の焼き菓子「ババ」をヒントに考案したもの。ババに使われる洋酒を利かせた発酵生地を、リング状に焼き、中央にカスタードクリームを詰めたのです。
その名称は、哲学者で法律家のブリア・サヴァランに由来しています。彼は大変な美食家でもあり、有名な『味覚の生理学(邦題・美味礼讃)』を残しました。そこには「国民の盛衰はその食べ方のいかんによる」「新しいご馳走の発見は、人類の幸福にとって天体の発見以上のものである」といった、食に関する20の格言がつづられています。
残念ながら彼は、ジュリアンがサヴァランを考案する前にこの世を去っています。もしも自分の名を冠したお菓子の誕生に間に合っていれば、高名な著書に新たな格言が加わっていたかもしれません。
大森由紀子
おおもり・ゆきこ フランス菓子・料理研究家。「スイーツ甲子園」(主催・産経新聞社、特別協賛・貝印)アドバイザー。