山々があかね色に染まり1年のうち最も美しい季節を迎えた栃木県日光市で、観光客を引きつけるのが、めでたい「昇り龍」や可憐(かれん)な四季の花々が彫られた「日光彫」。江戸初期からの長い歴史を誇る工芸品だが、職人の高齢化が進み、工房は減少の一途をたどる。その一軒に今年、大学を卒業したばかりの若者が飛び込み、伝統を未来につなぐ担い手として期待されている。
東武日光駅のほど近く、紫色ののれんをはためかせる日光彫の老舗「五十嵐漆器」。通りから見える作業場で、黒髪を一つに結わえた若い女性が一心不乱に彫刻刀と格闘していた。栃木県出身の山本真奈香さん(23)。今年4月に入社したばかりの新人職人だ。
大学4年だった昨年春、同社の職人就業体験の募集を目にして、「ビビッときました」。
幼い頃から日光東照宮に参拝するたびに、日光彫の曲線はなんてきれいなんだろうと思っていた。「挑戦に勇気は必要だったけど、飛び込めば見えてくるものもある」と、一生の仕事として職人の道を選んだ。就業体験参加者は約20人、就職したのは2人、半年が過ぎて残ったのは山本さんしかいない。
独特の形の彫刻刀を使って
日光彫は江戸時代、日光東照宮建立の際に全国から集められた彫師(ほりし)が手すさびに作ったことが起源とされる。その特徴は、刃先が60度、あるいは90度に曲がった「ひっかき刀」を使った独自技法の「ひっかき彫」だ。普通の彫刻刀は、指先で押して彫り進める。対して「ひっかき刀」は、軸を握り、手前に引いて線を描く。
「押しても引いても彫れるのが日光彫職人の強み。押すだけでは難しい繊細な線でも『ひっかき』だと描きやすいのよ」とは、同社社長の五十嵐吉子さん(84)。
引いて彫ると、やわらかい線が生まれる。押して彫ると、力強く勢いが出る。力強さとやわらかさ、勢いと繊細さ。相反する表現ができるのは「ひっかき」の技を駆使する日光彫ならではといえる。
いったん木地に刃を入れれば、やり直しは利かない。絵柄が同じでも決して同じ線は引けない。「線だけで勝負するのが彫り職人。一発勝負だからこそ、生き生きとした線を引くことができる」と、山本さんはこの仕事の魅力を語る。
彫刻刀を立てたり、寝かせたり。ほんのわずかに角度が変われば、線の流れは全く変わる。力が入りすぎても足りなくても、生命力あふれる線は出ない。まだまだ思い通りには描けない。それでも「その時のその状態で生まれた、私の一期一会の線です」と、制作途中のティッシュ箱の表面をいとおしそうになでた。
今は修業中、早く一人前に
彫り職人は4人いて、山本さん以外は高齢だ。群を抜いて若く、入社半年あまりながら、すでに店頭に並ぶ商品を次々と彫っている。
昭和の時代には漆塗りのたんすや、抱えられないほど大きな飾り皿といった大物を数多く制作していた同社も、近年の売れ筋は銘々皿や茶たくなどの小物類。塗りも漆ではなくウレタンが主流で、伝統の灯は消えかかっている。だからこそ新人への期待は大きい。
「修業中の身で、覚えることばかり。早く一人前になりたいです」という山本さんは、休みの日でも欠かさず彫刻刀を握り、分けてもらった端材で練習を重ねている。目標は、周囲に日光彫の魅力を伝えたりインターネットで発信したりできる職人になること。
「100年近く続いた店を私の代でやめるわけにはいかない」と意気軒高な五十嵐さんは、「私が元気なうちにこの子が一人前になって、たくさんの仕事をこなせるようになってくれれば」と、山本さんの横顔を目尻を下げて見つめていた。(田中万紀)