「チョコレートケーキはパティシエの数だけある」といわれる現代。彼らは、原料のカカオを自ら選び、ブレンドし、自分だけの味を作り上げています。しかし、ヨーロッパでチョコレートがお菓子に使われ始めた当初は、風味を楽しむ程度の嗜好(しこう)品でしかありませんでした。
そんな黎明(れいめい)期の有名なチョコレート菓子が、19世紀前半にオーストリアのウィーンで生まれたザッハトルテ。チョコレートのスポンジにアプリコットジャムを挟み、表面をグラサージュ(糖衣)で覆ったもので、考案したのは料理人のフランツ・ザッハーです。当時まだ貴重だった砂糖とチョコレートをふんだんに使ったケーキは、その斬新さで市民の度肝を抜いたことでしょう。
このケーキは大変な評判を呼び、息子の代にはホテル・ザッハーを創設するまでに。ところが孫の代に経営難となり、ケーキ店「デメル」に製造販売許可を与える代わりに資金援助を依頼します。
すると、秘密だったはずのレシピが出回るようになり、ザッハー側は販売差し止めを求めて提訴。7年続いた裁判の末、「両店で製造・販売できる」という判決が下ります。これにより、ザッハトルテは広く販売されるようになり、今なお世界中の人々をとりこにしているのです。
大森由紀子
おおもり・ゆきこ フランス菓子・料理研究家。「スイーツ甲子園」(主催・産経新聞社、特別協賛・貝印)アドバイザー。