障害の有無や年齢などにかかわらず誰もが遊べる「インクルーシブ遊具」の設置が全国で広がっている。設置が進む背景には、SDGs(持続可能な開発目標)の「誰一人取り残さない」という考え方の普及があり、医師の監修のもと、医療的ケアが必要な子供も遊べるよう遊具の開発に取り組む企業も。障害児専用とはせず、誰もが遊べる遊具にこだわるのは、「遊び場の壁を取り払う」との思いがあるからだという。
曲線のフレームにつり下がる白い球体。内部はくりぬかれ、子供が入り込んでゆすったり、後方から押したりするとゆらゆらと動く。健常児はもちろん、体を思うように動かせない乳児や障害児も思い思いに楽しめる。
大阪府茨木市の文化・子育て複合施設「おにクル」で昨年11月の開業に合わせ「屋内こども広場」に設置されたブランコ遊具「KOMORI(コモリ)」。近くに住む関虹葉(にじは)ちゃん(2)の母、和葉(かずは)さん(30)は「見た目の形状も子供の好奇心をくすぐる。どんな子も壁を取り払って遊べる」。広場担当者も「広場は障害児も利用する誰も否定しない空間。この遊具はコンセプトにぴったりだった」と話す。
コモリは遊具メーカーのジャクエツ(福井県敦賀市)が令和4年に発売した遊具シリーズ「レジリエンス プレイグラウンド(その人が本来持つ回復・適応力を引き出す遊び場、の意味)」の一つ。開発に携わった田嶋宏行さん(32)は、日常的に人工呼吸器やたんの吸引が必要な「医療的ケア児」が遊べる遊具が公園にはなく、家から出る機会が失われ孤立していると知った。全国に約2万人いるとされる医療的ケア児のうち、外出や旅行が問題なくできる家族は17・2%との厚生労働省の調査結果もある。
重度障害児が遊べる遊具の開発には、社内から利用者の事故を懸念する声もあった。だが、ケアの現場では重度障害の子供がハンモックに揺られる遊びをしているということが分かり、「重度障害の子は遊べないという先入観を取り払うことが開発への大きな一歩だった」と田嶋さんは振り返る。
遊具の開発は医療的ケア児や保護者の協力を得るとともに、福井県で医療的ケア児の支援に取り組む紅谷浩之医師(48)が監修。コモリは平衡感覚に特化した遊具で、余計な刺激をそぎ落としシンプルさにこだわった。というのも、障害や特性のある子供にとって、既存のブランコは視界の急激な変化や、鎖に触れたときの感覚、色味の強さなどの刺激が多過ぎるのだという。
紅谷氏は一生起き上がれない、話すことはない、などと診断された子が友達との遊びを通じ、それぞれの感覚で能力を育みながら奇跡の成長を遂げる様子を幾度も目にした。「アクセスしやすい公園に、障害の有無や特性を気にせず子供同士が工夫して遊べる遊具が増えることは、全ての子供にとって大切なことだ」と語った。
兵庫県立大学大学院の美濃伸之教授(造園学)によると、平成18年に障害者や高齢者の自立した生活を支援するバリアフリー法が成立し、都市公園が対象となったことで、公園のバリアフリー化が進んだ。
しかし主な内容は園路やトイレへの移動の円滑化にとどまり、遊具はバリアフリー化が義務化される対象から外れていたため、障害のある子供が遊びやすい遊具が設置されることは少なかった。
インクルーシブ遊具が全国へ波及したきっかけは令和2年、東京都が「だれもが遊べる児童遊具広場」を構想し、それに基づいた都立砧(きぬた)公園(世田谷区)を整備したことだった。事業計画が報じられて以来、自治体の首長主導で整備が進むケースや、住民の要望によって設置されるケースが増えたという。
ただ、美濃教授は「遊具を置くだけで終わりではない」とも指摘。インクルーシブ公園は聞こえが良く、広がりやすい一方、「遊具の仕様に加え、遊具へのアクセス、駐車場やバリアフリートイレとの近接性などが大変に重要。利用者の声を聞きながら公園を育てていくことが大切だ」とした。(木ノ下めぐみ)
英語で「全て包む」を意味するインクルーシブを冠した遊具は、寝転んだ姿勢のままや車いすごと乗ることができたり、喧噪(けんそう)が苦手な子供がこもれるドーム状の遊び場があったりと子供の特性に配慮したデザインが特徴。障害の有無や年齢、国籍などにかかわらず遊ぶことができる。