今月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された日本の「伝統的酒造り」。昔から日本の各地で継がれてきた「こうじ菌」による酒造りの技が評価された。朝、酒造りの現場を訪ねると、職人らの威勢のよい掛け声が冷気をつんざくように飛び交っていた。
東京都あきる野市にある「野崎酒造」。創業は明治17年。今年は、東京国税局の酒類鑑評会で「喜正 本醸造」など2銘柄が優等賞を受賞した。
5代目の野崎三永社長(62)は、杜氏(とうじ)として現場の指揮も執る。午前7時45分、酒蔵をのぞくと、約500キロの米を蒸す甑(こしき)から出た蒸気が、もくもくと天井まで立ち上っていた。
午前8時過ぎ、甑から取り出された蒸し米の香りが室内いっぱいに広がった。それまで研ぎ澄まされていた酒蔵の空気が、逃げた蒸気を飲み込んでいく。「朝の冷気の中で米をふかしたいので、点火は午前6時過ぎから。蒸し上がった米も朝の風で冷ますことができます」
冷ました蒸し米は「せーの」と掛け声を合わせ、2人がかりで「製麴(せいきく)室」に運び込まれた。
温度調節で居心地よく
製麴室で蒸し米を台の上に広げ、種こうじをまんべんなく振りかけた。
室内は32度。こうじ菌を繁殖させるのに最適な温度なのだという。こうじ菌は2日かけて、蒸し米を「土台」として繁殖し、やがて米こうじが出来上がる。
2日前に仕込んだ米こうじを口に含むと、ほんのりとした甘さが広がった。「こうじ菌にとって居心地の良い環境をつくってあげるのが私たちの役割です」(野崎さん)。
酒蔵の目前にある標高約434メートルの戸倉城山の湧き水が、酒造りに使われている。軟水で、飲んでみるとまろやかな舌触り。酒の品質を劣化させる鉄やマンガンの含有量が少なく、酒造りに適しているという。
米こうじは、この後、水や酵母、蒸し米などと合わせた酒母となり、大きなタンクに移される。それからタンクの中にさらに掛米(蒸し米)などを加える。アルコール発酵はゆっくりと進む。酒母の仕込みからタンク内での発酵を終えるまで1カ月半から2カ月程度かかるという。
固有の醸造法に文化的な価値があると評価された日本酒。しかし出荷量は減りつつある。国税庁の調べでは、日本酒の国内出荷量は昭和48年をピークに減少傾向にあり、近年はピーク時の4分の1以下となっている。さまざまな酒類が豊富に出回るようになったことなどが要因とみられる。
一方で、海外では日本酒が注目されている。野崎さんは「無形文化遺産登録により日本酒の認知度が世界に広まると思います。日本でも今まで手に取らなかった人に飲んでもらえるきっかけになればうれしいです」と期待を膨らませた。
風土と結びついて発展
「どんな料理にも合うのが日本酒」と話すのは、江戸料理文化研究家の車浮代さんだ。車さんに、クリスマスや年末年始の料理に合う日本酒を聞いた。
しっかりとした味付けのローストチキン、チーズを使ったピザには、まろやかで奥深いコクや米のうまみをたっぷりと味わえる醇酒(じゅんしゅ)。小籠包(しょうろんぽう)などには、軽い口当たりの爽酒(そうしゅ)との組み合わせがおすすめという。
「日本酒造組合中央会」によると、加盟する日本酒の酒造会社は全国に約1300社あるという。数多の日本酒が、風土に合わせ、各地で受け継がれてきた。
「例えば、酒どころで知られる兵庫県にある灘エリアの酒は、地元の名水『宮水』と結びついて発展してきた。さまざまな風土とつながりがあるところに文化的価値もあるのでしょう」と、車さんは日本酒の魅力を語った。(竹中文)