Infoseek 楽天

学園長の「おもろいやんけ」に安堵(あんど) よもやの公立大合格に父「日芸は考え直せ」 話の肖像画 報道カメラマン・宮嶋茂樹<10>

産経ニュース 2024年7月10日 10時0分

《厳しいスパルタ教育で知られる進学校・白陵高校では当時、生徒の多くが国公立大を目指していた。そんな中で、ひそかに決めた志望先は日大芸術学部(日芸)。ある日の授業中、学校で最も怖い学園長に突然、立たされて真意を問われた》

「しまった、バレた」「シバかれる」…。緊張して起立した私に、三木省吾学園長は「私立に行って、写真をやろうとしとるらしいな」と聞いてきました。「はい。できましたら…」と答えたところ、意外な言葉が返ってきたのです。

「おもろいやんけ」と。

絶対に「ふざけるな」と怒られると思っていたので、ものすごく救われた気持ちになりました。あの学園長が言ってくれたのが本当にうれしかった。さんざん、シバかれた人ですから。内申書もちゃんと書いてくれました。でも、担任の先生は反対だったかもしれません。

《学園長との約束で一応、公立大も受験した。が、大学進学後に備えて早々とアルバイトを始めたため、決して万全な態勢で臨んだわけではなかった。それが意外な結果になり、かえって混乱を招くことに》

そのころ、成績はあまりよくなかったんですが、学園長に「国公立は受けろよ」と言われたような記憶があります。だから、進路指導で「神戸大は無理」と言われていたのに、共通1次試験に挑戦したんだと思います。決していい出来ではありませんでした。そこで自己採点の結果を踏まえ、神戸商科大(現在の兵庫県立大)を受験することにしました。

結果発表は日芸の方が早く、国公立の2次試験の前には合格していました。当然、東京に行くつもりなので、あまり真剣に受験勉強はせず、日芸進学を見据えて学校で禁止されていたアルバイトも始めていました。ビル掃除で時給450円でしたね。神戸商科大の合格発表は、アルバイトの昼休みに自分で見に行きました。

結果は意外にも合格。「高校にメンツが立った」と、ホッとしました。でも、どちらの大学にするか、心が揺らぐことはまったくなかったです。しかし、父に話すと「頼むからそっち(神戸商科大)に入ってくれ。東京には行くな」と懇願されたのです。

日芸って当時から学費がめちゃくちゃ高かったんです。逆に国公立はすごく安くて…。特に兵庫県民だと県立大の学費は、さらに安くなるんです。それだけに最初、両親の反対はすさまじかったですね。神戸商科大合格後は「考え直せ」と言われ続けました。

父には「これを見ろ」と給料明細まで見せられました。「学費だけじゃなくて生活費もかかるんだぞ」とも言われ、「お父さんの給料じゃ、とてもお前を日芸に出すわけにいかない。医学部と歯学部の次に高いじゃないか」と真剣に諭されました。途中からは、母がこっそり応援してくれていました。

でも、親の懐なんて考えない年頃じゃないですか。父には「神戸の大学だったら家から通える。車も買ってやる」とまで言われました。自動車免許を持っていないのにです。もしそのときに免許を持っていたら、ひょっとすると地元の大学入学を考えていたかもしれません。いや、ないか…。

もちろん、父が激しく反対したのは経済的な理由だけではなかったと思います。地元の公立大を卒業すれば、兵庫県庁や神戸市役所などに就職できる可能性が高まります。そうなれば、安定した暮らしが60歳まで続けられます。子供のことを真剣に考えてくれているのは伝わってきました。

すごく写真好きな父でしたから「写真で生活するのは簡単じゃない」というのも知っていたはずで、今になってその気持ちは理解できます。ひょっとすると父は、「小学生のときにカメラさえ与えなければ」と後悔していたのかもしれません。

でも、そのときもう、私の腹は完全に決まっていました。(聞き手 芹沢伸生)

この記事の関連ニュース