20年ぶりに紙幣が刷新された。偽造防止の透かしの技術は、越前和紙の技法が基になっているという。福井県越前市は「お札のふるさと」と呼ばれる日本最大規模の和紙産地。長らく生産が途絶えていた〝幻の和紙〟をおよそ40年ぶりに復活させた夫婦もいる。
「越前和紙には壁紙から名刺まで、あらゆる用途向けの紙がある。ここの職人はどんな紙でも作ることができるという気概を持っています」。満面の笑みでこうアピールするのは、越前和紙の紙すき職人、栁瀨京子さん(52)。市内の柳瀬良三製紙所の3代目だ。
和紙制作は原料づくり→紙すき→乾燥を、それぞれ1日ずつかけて行う。
原料となるミツマタやコウゾの白い樹皮をやわらかく煮て、傷のある皮や不純物を手作業で丹念に取り除き、ハンマーでたたいて繊維を崩したものが和紙の原料となる。原料に地下水を加えて混ぜ、桁(けた)と呼ばれる木枠のような道具を前後左右にゆすって、薄さが均等になるようにすき上げる。絞って乾燥し、再び不純物を手作業で丁寧に取り除いたら、ようやく仕上げ。立ちっぱなしで体力が必要な作業だが、紙すきは古来、主に女性が担ってきた。
水と呼吸合わせ
栁瀨さんは毎日8時間、桁を操り、紙をすく。気持ちを落ち着かせ、水と呼吸を合わせ、対話する。「無理やり動かそうとしても、水は言うことを聞かないんです」
毎日同じ作業をしているようでも、日により気候や気温、原料や水の状態が違うので、同じ仕上がりにはならない。100枚注文があれば、同じ厚さ、同じ艶、同じ強度で100枚をすき上げるのが卓越した職人だといい、「納得いく紙ができたときは、すごく楽しいです」と声を弾ませた。
木の命を生かして作られる越前和紙の魅力は、強靱(きょうじん)さと美しさを兼ね備えている点にある。光に透けるほど薄いものであっても、丈夫でしなやか。破れにくく長持ちする。色味は自然な生成り色で、表面に凹凸はあるのにつややかで、手触りはやわらかく、独特の風合いが心地よい。
実は身近に存在
柳瀬良三製紙所には、ここでしか手に入らない貴重な「金型落水紙」がある。和紙に金属の金型を乗せ、上からシャワーで水を落として模様をうつし取ったもので、「レース和紙」とも呼ばれる。紙の上に水の跡が点々と残り、1枚たりとも同じ模様にはならない。
手間とコストがかかるため、昭和50年ごろに生産が途絶えていたが、10年ほど前に物置小屋で古い金型を見つけた栁瀨さんが、同じ越前和紙職人の夫、靖博さん(56)とともに復活させた。すでに金型職人がいなかったため、手先が器用な靖博さんが見よう見まねで新たな金型を制作。3年以上の試行錯誤を繰り返してようやく安定して生産できるようになり、今では靖博さん作の14種類の金型を基に、先代からすき方のコツや水の落とし方を学んだ栁瀨さんがすいている。
「それまで越前和紙を全く知らなかった個人のお客さまが1枚、2枚と買ってくださるので、多くの人に越前和紙を知ってもらうきっかけになっています」と栁瀨さん。カーテンやのれんなどインテリアに使われることが多いそうだ。
ペーパーレスが叫ばれ、紙の需要が減っている時代。栁瀨さん夫妻は一昔前の技法をみずみずしい感性で現代によみがえらせ、越前和紙に新たな付加価値を生み出した。
和紙は意外に身近に存在している。祝儀袋や日本酒のラベル、和洋菓子の包装紙から、壁紙やタペストリー、照明まで。「お札だって和紙の原料でできていますし、『気付いたらこれも和紙!』というものは少なくありません。そんなに日常から遠いものではないと思っています」(田中万紀)