《松竹映画「壬生義士伝」(浅田次郎原作、滝田洋二郎監督、平成15年公開)はいよいよ、大坂・盛岡南部藩蔵屋敷で竹馬の友と再会の撮影となった》
瀕死(ひんし)の中井貴一さん(吉村貫一郎)が屋敷に倒れ込み、「助けてくれ」。そこで、僕(大野次郎右衛門)が奥座敷に上げて、「腹を切れ」―。
そのシーンを全部撮ったんですけれども、滝田監督がやってきて「撮り直しさせてくれ」と言う。理由を聞くと「かつらの線が映ってしまった」。
1回目は渾身(こんしん)の演技でしたが、もう1回って言われると。2回目はやっぱりちょっと気持ちがね。
滝田監督にも「1回目は目に涙がにじんでいたんですけれど」と言われたんです。「役者は大変だな」と思いました。
《撮影中、いろいろな人が気を使ってくれた》
松竹が予約してくれたホテルの部屋に入ると息苦しくなるんです。大野の役って、本当に息苦しくなるんですよ。
撮影を続けるうちに、京都駅で東海道新幹線を降りると、憂鬱になってきました。だから、撮影が1日空くとホテルの部屋にいられなくて、すぐ東京の家に戻りました。
ある日、撮影が休みで、1人でいられないから、そのときは女房を京都に呼びました。偶然、貴一さんも休みだったんです。そうしたら、彼が「俺、運転手をやりますよ」。
レンタカーを借りて、貴一さんがタクシーの運転手に扮装(ふんそう)してくれて。
京都駅前で女房に、「今日はタクシーを呼んであるから、卵かけご飯のおいしい店に行こう」。実はその店も貴一さんに紹介してもらったんですけれど。
「運転手さんも一緒に食べない? 実は中井さんです」
女房が「あー!」
そして一日、運転して案内してくれました。
粋なことやってくれるでしょ。本当に救いでしたよ、貴一さんの心遣いがね。
滝田監督にもお世話になりました。
鳥羽伏見の戦いから数日たっており、吉村は何も食べていないだろうと心配した大野が台所で一人、おにぎりを作るシーンがありました。監督から「慣れない男がにぎる大きめのおにぎりにしてください」と指示され、いいシーンになりました。
佐藤浩市さんにもお世話になりました。主役クラスが気を使うっていうのは、僕もコメディー映画やテレビドラマで主役をやりましたが、そういう気持ちがすごく分かるんですよ。みながいい作品にしようという気持ちが伝わってくるんですよ。
《脱藩した吉村は盛岡南部藩の米を食べることをよしとしなかった》
大野からもらった名刀、大和守安定(やまとのかみやすさだ)を使わず、ボロボロになった自分の刀で自害し、のたうち回って亡くなった貴一さん(吉村)を抱いて、僕(大野)が泣きながら「食え、南部の米だ」と言って、おにぎりを食べさせるシーンがあります。あそこは音楽がないんですよ。
僕が聞いた話では、音楽を担当した久石譲さんが、映画(試写)を見て、「ここは音はいらない」と言ってくれたそうです。すごくうれしいじゃないですか。
《「壬生義士伝」は第27回日本アカデミー賞で、最優秀作品賞、中井氏が最優秀主演男優賞、佐藤氏が最優秀助演男優賞、滝田氏が優秀監督賞、三宅氏が優秀助演男優賞、中谷美紀氏が優秀助演女優賞を獲得した》
映画ってチームワークで作っていくものなんですね。(聞き手 慶田久幸)