近頃は見ることも少なくなったビン入り清涼飲料。横浜市の会社員、宮下征士さん(41)は、ガラスビン、特に昔の「レトロビン」の魅力に取りつかれたコレクターだ。コレクションは、明治から現代のものまで約1500本ほど。最近は山に捨てられた戦前のビンなどを次々と発掘。「me_young_sitter」名義でX(旧ツイッター)などで発信し、話題を呼んでいる。夢は「ビンの魅力をみなさんに再認識してもらう本を出すこと」だという。
初代ファンタ、コーラの白ビン…逸品の数々
バヤリース、三ツ矢サイダー、コカ・コーラ…。さまざまな形、デザインのレトロビンが部屋に並ぶ。
大正時代と思われるお茶のビンから現代のものまで。オークションなどには頼らず、ほぼすべて自身で手に入れた。
「これは1958年に日本で初めて発売されたファンタ。『登録商標』ではなく『商標』となっている点が特徴です。発見した際は仲間内で騒ぎになりました」
「こっちは62年のコカ・コーラで、普通は緑色なのに透明。供給が追いつかず、ごく短期間だけ透明なものが作られたんです」
ビンを手に、解説がよどみなく流れ出る。
一番好きなのは昭和30~40年代のビンだ。
「当時は大小の飲料メーカーが乱立し、ビンからも活気が伝わってくる。「三つ葉サイダー」など紛らわしい名で商品を出したり、他社のビンに自社製品を詰めて売っていたり、カオスな部分も面白い。手に取ると、作った人や飲んだ子供たちの顔が浮かんでくる気がします」
商店裏で見つけた宝物
1982年生まれ。「ビン入りジュースを飲んだ記憶はあまりない」という。レトロビンの魅力に気付いたのは、静岡県沼津市で過ごした中学時代のことだ。
実家そばの商店の裏に古いビンが大量に放置されていた。70年代前半のセブンアップなど、米国的でバタ臭いデザインのものに心を惹かれ、何本かもらって部屋に飾ったという。
「そのうち、町を回って古いビンを拾い集めるようになって…」
2002年に東京の大学に入学すると、趣味は一気に加速。全国の地元だけで流通するサイダー「地サイダー」を作る零細メーカーを回り「話を聞いたり、古いビンを分けてもらったりしました」。
興味はとめどなく広がった。国会図書館で業界紙を調べるなど知識とコレクションを増やしたが、徐々にリターナブルビンは時代の波から取り残されていく。
「2005年くらいから、商店や零細飲料メーカーが減り、レトロビンの入手が難しくなった」と宮下さん。それにつれ、趣味の活動も下火になっていった。
狙い目はかつての観光地
しかし5年ほど前、転機が訪れた。子供が大きくなり、趣味の山登りを再開。「すると、山の中に古いビンが結構落ちていたんですよ」と目を輝かせる。
やがて、土の中に戦前のものなど貴重なビンが埋まっていることに気づく。
「昭和40年代くらいまでは、不燃ごみは回収ルートが整備されていない。山などにビンを捨てていたことが多いんです」
特に、「具体的な場所は言えませんが、かつて賑わい、今は落ち着いた観光地」が狙い目。「昔、売店があった周辺には高確率で埋まっています」という。
山ではヒルやマダニに悩まされ、クマの出没も怖い。しかし、「初代ファンタなど大発見の喜びには替えられません」と断言する。
コレクションは増え続けるが、毎晩取り出して見入るようなことは少ない。
「一番好きなのは、見つけるまでのプロセスなのかもしれません」
ビンの魅力伝える書籍を
Xやブログで活動を報告するうち、全国のレトロビンコレクターとのつながりもできた。「みなさん20代とか結構若い」という。
ビンはメーカーにも資料がほとんどなく、コレクター同士で調べたデータが貴重な資料。夢はビンの魅力やデータをまとめた本を出版することだ。
「昔のジュースを紹介する本はもうありますが、ビンについてのものはない。洗うだけで繰り返し使えるリターナブルビンは、今の時代にあっている。ビンにまつわる、そうした思いをつづった本をいつか出版したいですね」
(岡本耕治)