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きょうだいの死、病乗り越えたシロクマ「ピース」 飼育員が語る人工哺育「奇跡の25年」

産経ニュース 2024年11月5日 11時0分

「奇跡のような幸運」-。国内で初めて人に育てられたホッキョクグマ「ピース」(メス)が12月、25歳の誕生日を迎える。愛媛県砥部町の県立とべ動物園で四半世紀にわたってピースを育ててきた飼育員の高市敦広さん(54)は「大変だったけど、無事に大きくなってくれた」と感慨深げだ。ホッキョクグマの寿命は25~30歳前後とされ、最近は体重が落ちるなど老化を感じることもあるが、「一日でも長く元気に過ごしてほしい。そして、その愛らしい姿を全国のファンにみてもらいたい」と〝母グマ〟としての願いを語る。

成功事例は2頭

ピースは平成11年12月2日、とべ動物園で飼育されていたオスのパールとメスのバリーバとの間に生まれた。同園では飼育設備などの問題で当初から人工哺育する方針だったが、一緒に生まれた別のメスの赤ちゃんがバリーバに噛まれた傷が原因で間もなく死んでしまったこともあり、生まれた直後から高市さんが育てることになった。

本来、細菌が繁殖しにくい北極圏で生息しているホッキョクグマは感染症などに弱く、当時国内で誕生が報告された122頭中、半年以上育ったのはわずか16頭。人工哺育にいたっては世界的にも2頭しか成功事例がないなど、育てるのは極めて難しいとされていた。

人工哺育のノウハウがほとんどない中、小さな命をどう育むべきか。高市さんは悩んだ末に「哺育計画を立てない」という方針を決めた。「全て手探りなので、ピースをよく観察し、何を求めているかを考えながら育てるしかないと思った」

高市さんは生まれた日からピースを自宅に連れ帰り、1室をピース専用にして「育児」にあたった。ミルクは当初、海獣用のものを準備したが、飲ませると便に脂肪分が多く出ていたため合わないと判断。さまざまな種類を試し、飲みがよく体重増加が確認できた犬用ミルクに行きついた。

当初は3時間おきにミルクを与えた。ピースに触れる前には両手を消毒するなど衛生管理を徹底した。本来寒い環境で育つため真冬でも暖房器具を使わず、寝るときは自分の胸の上にピースを乗せてにおいを覚えさせた。

排泄(はいせつ)を促すお尻のマッサージを嫌がって暴れ、厚手の服を着込んでいても体中あざだらけになった。車の後部座席に乗せて園に連れていく際にシートをビリビリに破られたことも。それでも「叱るとシュンとして『言っていることが分かる、賢い動物なんだな』と実感した」と振り返る。

110日目の夜

「育児」に追われるうちに、気が付けば国内の人工哺育記録を更新し、生まれたときに約680グラムだった体重は4カ月での15キロほどに成長。そして一般公開が始まった直後の生後110日目、初めてピースを園に置いて自宅に帰った。四六時中付きっきりだった世話からようやく解放されたものの、ピースのことが気になって仕方がなかった。

「心配なんやろ?」。その様子を察した妻に勧められ、こっそり同園に戻ると、高市さんを呼ぶピースの鳴き声がクマ舎に響きわたっていた。「どれだけ連れて帰ろうと思ったか。でも、先のことを考えて心を鬼にして我慢した」。初めて体験する〝子離れ〟のつらさ。同時に「信頼してくれたのが分かり、うれしかった」と目を細める。

子供、親、恋人

その後の道のりも平坦(へいたん)なものではなかった。

持病のてんかんが発症したのは3歳のとき。突然倒れてプールの中に落ちたピースをモニター越しに見つけ、駆けつけてピースの頭を抱えあげ何とか一命を取り留めた。7歳のときにはへそヘルニアも患った。高市さんはその都度、ピースが何をしてほしいかを考えながら愛情を注いできた。

ピースはその愛らしさが話題となり、その姿を一目みようと全国からも多くのファンが訪れる同園の人気者だ。高市さんとのふれ合いとピースの成長をつづった本や写真集も出版されている。

高市さんはピースとともに過ごしたこれまでの25年間を「大変だけど充実した日々だった」と懐かしむ。「自分の子供でもあり、さまざまなことを教えてくれた親でもある。そして、いとおしい恋人のようなもの」。ピースの存在はかけがえのないものになっている。(前川康二)

同園では、ピースの25歳の誕生日にあわせ、ピースのフェルト人形を抽選販売する。人形はピースの毛と羊毛を半分ずつ使用。今年3月の換毛期に抜け落ちた毛を集め洗浄・滅菌処理した。人形製作は北海道帯広市在住のフェルト作家、秋山聡子さんが担い、ピースがボールを持って寝そべる姿をかたどった。ピースの体毛を入れた小瓶付きで25セット限定、価格は1万2千円。同園に往復はがきで申し込む。11月15日必着。

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