Infoseek 楽天

「勝手に一重まぶた」…グーグルマップの悪評削除まで3年 眼科医が挑んだ名誉回復闘争

産経ニュース 2024年7月1日 8時0分

「グーグルマップ」の悪質な口コミで名誉を毀損(きそん)されたとして、眼科医院を運営する医療法人が投稿者に削除と200万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。大阪地裁は5月、請求を丸々認めたが、グーグルが投稿者の情報開示に反論したこともあり、口コミの発見から勝訴まで3年の月日を要した。「噓を噓と証明するのが、こんなにハードルが高いとは」。院長の苦闘からは、一つの口コミがはらむ〝罪深さ〟が浮かぶ。

事実無根の口コミ

「えっ、ありえない」。令和3年5月ごろ、兵庫県尼崎市の「遠谷眼科」の遠谷(えんたに)茂院長は、グーグルマップの口コミに衝撃を受けた。

《勝手に右目はレンズを入れられていました。最悪》《勝手に一重目蓋にされました。本当に酷い。他の眼科へ行くことをお勧めします》

患者との信頼関係は医師の基本。診察では「患者にとってのベスト」を常に考える。ときに将来的な影響を考慮して、「施術をしない」選択を推奨することもある。

当時は新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下。感染対策と患者とのコミュニケーションの両立に苦心する最中で、より一層心が痛んだ。

投稿の目的は何なのか。「誰か分からないと、事実確認のしようもない」。同年11月、グーグルを相手取り、投稿者の情報開示を求める訴えを起こした。

分かれた司法判断

訴訟は一筋縄ではいかなかった。情報開示には、投稿が権利の侵害であることを立証する必要がある。しかし、誰もが気軽に感想を書き込める口コミサイトの性質が壁となった。

1審神戸地裁尼崎支部は「肯定も否定も率直に投稿できることが信用性を生み出しており、否定的な評価もある程度受忍すべきだ」と指摘した。

その上で、問題の投稿は一般的な医療行為とかけ離れているため、「病院の説明を正確に理解しないまま、主観的な認識を記載したものに過ぎないと理解するのが通常」と判断。非現実的過ぎるがゆえに名誉毀損に該当しないとして、情報開示を認めなかった。

判決を不服として控訴。グーグル側は控訴審でも「およそ一般読者がただちに信用するような内容ではない」と主張したが、大阪高裁は昨年6月、投稿は「患者の承諾なく、勝手に医療行為をするとの印象を与える」と認定。「口コミサイトは自由な投稿による情報の蓄積に意義があるとしても、投稿が(遠谷眼科の)社会的評価を低下させることは否定されない」として1審判決を変更し、グーグル側に投稿者の情報開示を命じた。

判決を受けて、グーグルアカウントに登録された電話番号が分かったのはその3カ月後。さらに通信会社に照会をかけて氏名や住所が判明し、投稿者を特定した。

次は投稿者を相手取って改めて提訴。今年5月末に大阪地裁も名誉毀損を認定して投稿の削除と200万円の賠償を命じた。投稿者は控訴せず、判決は確定した。

投稿者は「全て否認する」などと争ったため、真意は分からぬまま。遠谷院長は3年に及んだ名誉回復までの道のりを「想像以上に時間も労力もかかった」とこぼした。

問われる自覚

グーグルマップの口コミに悩むのは遠谷院長だけではない。60人以上の医師らが4月、グーグルに損害賠償を求めて東京地裁に集団提訴した。

医師には守秘義務があるため事実無根の口コミに対しても反論は難しく、「一方的なサンドバッグになる」と主張。グーグルが悪質な口コミを放置しているとして、サイト運営者としての責任を追及している。投稿者のみならず、「場」を提供しているグーグルにも法的責任はあるのか。訴訟の行方が注目される。

情報セキュリティーに詳しい大阪大の猪俣敦夫教授によると、口コミの削除や掲載情報の誤りを指摘しようにも、グーグルの問い合わせ先が分からなかったり、メールなどを送っても反応がなかったりするケースが多いという。

猪俣氏は「グーグルマップは世界的に最もよく利用される生活上の基本ツール。深刻な相談を軽視せず、対応する態勢を拡充するべきだ」と提言する。

また、一般ユーザーに対しても「誹謗(ひぼう)中傷との認識がないままに安易に書き込む人もいる。世界に向けて情報を発信するリスクを考えてほしい」と話している。(地主明世)

この記事の関連ニュース