「無知だった」。個人情報を盾に脅迫され、特殊詐欺の受け子や出し子の「闇バイト」を命じられた愛知県内の少年(18)は今も自分を責め続ける。オンラインゲームの課金の支払いに窮し、交流サイト(SNS)で見つけた「高額融資」の投稿を軽い気持ちでクリックしたのが転落の始まりだった。10月に少年院を出院した少年は産経新聞の取材に、後悔を語った。見えてきたのは「普通の子」だから巻き込まれる搾取の構図だ。
ゲーム課金が発端
《5~10万円、高額融資できます》。X(旧ツイッター)上で、こんな投稿を見つけたのは今年1月のこと。当時は工業高校を中退し、倉庫作業などアルバイトを転々としていた。将来が見えず、ドラゴンボールのオンラインゲームにのめり込んでいた。
課金を重ね、月に4万~5万円のクレジットカード料金の支払いに追われるように。すでに母親に40万円近く肩代わりしてもらっており、これ以上は頼めない。「バイトのシフトを増やしても間に合わない」。追い詰められてXやインスタグラムで「個人融資」「高額融資」などと検索。当時は課金の返済しか頭になかった。
高額融資をうたう、あるアカウントへDM(ダイレクトメッセージ)を送ると、《審査を行うので個人情報の入力をお願いします》と返信がきた。迷わず打ち込んだ。自分や家族の名前、住所、生年月日…。マイナンバーカードを顔に近づけ、自撮りした画像を送信するようにも言われた。
「審査」を通過すると、やりとりはDMから匿名性の高い通信アプリ「テレグラム」へ移行した。すると《個人融資ができなくなった》と告げられた。続くメッセージにはこうあった。
《代わりに絶対つかまらない高額バイトがある》
「お前の家入るぞ」
突然の誘いに怖くなり断ると、非通知でスマートフォンに電話がかかってきた。
「タタキって、分かるか」。語気鋭い男の声だった。
「分かりません」
「強盗だよ! 引き下がるなら、お前の家に入るぞ」
このとき、少年が何より恐れたのは家族に危害が及ぶことだったという。個人情報が丸裸にされていることがその恐怖に現実味を帯びさせた。
犯罪グループが闇バイトを多用するのは、上下の指揮命令関係をたどれないようにするためだ。「匿名・流動型」(トクリュウ)であることが大前提で、顔をさらすリスクを冒してまで応募者の家に襲撃をかけるとは考えにくい。
もっとも上位の指示役からすれば、ここで相手が恐怖してくれればそれで良し。そうでなければ別の「捨て駒」を見つけるだけだ。ドスのきいた脅しに〝ビビってくれる〟相手こそが、彼らにとっての適格者といえる。
最近ではこうしたケースで、全国の警察が応募者を保護する措置も取っているが、当時の少年は警察を頼ることなど考えもしなかった。「やります」。反射的にそう答えていた。
逮捕に安堵「もうやらなくていい」
2月下旬、少年は埼玉県川口市にいた。約1週間ホテルに泊まり、指定する住宅にタクシーで向かうよう命じられた。スーツを着て、耳には指示を聞くためのワイヤレスイヤホンを装着。「お手続きのためキャッシュカードをお預かりします」。「銀行員」を装って住宅を訪れ、お年寄りからカードを受け取った。
コンビニのATMに到着すると、伝え聞いた暗証番号を打ち込んで30万~40万円を引き出し、商業施設のトイレの個室に入った。3回ノックが受け渡しの「合図」。ノックを返し、下の扉の隙間から現金を差し出した。
こうした「受け子」や「出し子」に東京や埼玉で10回以上関わった。だまし取った総額は1千万円を超え、自分の口座には報酬として50万円が振り込まれた。
「もうできません」。イヤホンで消極的な言葉を吐こうものなら、すかさず「殺すぞ」とすごまれた。
この時点でも、罪悪感より、個人情報を握られている恐怖が勝った。言うことを聞かなければ殺される、と本気で信じていた。3月、待機場所として指定された漫画喫茶に戻ったところを警察官に囲まれ、逮捕された。「もうやらなくていいんだ」。ほっとしている自分がいた。
「ニュース見ておけば…」
家庭裁判所で少年審判を受け、少年院で約5カ月間を過ごした少年。「ニュースを見ておらず世の中の情報にうとかった。あやしいものだと思わなかった」と自らの無思慮を悔いる日々だ。面会に来た母親は「相談に乗ってやれず、一人にした」と泣いた。
今は少年院を出院し、若者の自立を支援するNPO法人「陽和(ひより)」(名古屋市)の理事長、渋谷幸靖さん(42)の下で社会復帰を目指す。
この1年間で闇バイトで逮捕された少年ら5人の支援に携わったという渋谷さんによると、「親子関係は悪くなく、非行歴もない普通の子」が加害者になるケースが増えているという。「悩みを一人で抱え込んでしまう子が多い。SNSで検索するうちに、容易に犯罪集団とつながりができてしまう」
まずは少年らを孤立させない人的なつながりが必要だ。「家族でなくてもよい。子供が苦しいときに気づいてあげられる大人、信頼できる誰かがいることが、少年の孤立や犯罪を防ぐことにつながる」(木下倫太朗)