じっとりと暑い大阪の夏がやってくる。そしてまた、あの蒸せ返るような狂気に心を乱されたくなる。歌舞伎や文楽の夏狂言の定番「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」。社会の日陰で生きる侠客とその妻たちのむしゃらな「生」は、嘆かわしいほど不器用なのに、なぜかたまらなく格好いい。
元は堺の魚売り、団七九郎兵衛(だんしちくろべえ)はけんか沙汰で牢に入れられるようなしがない俠客。だが、恩のある人の息子、磯之丞の窮地を救うことが男を立てる道と信じ、金のために邪魔しようとする舅の義平次と対峙する。
一本気な団七の周りには気持ちのいい仲間が多い。義兄弟の契りを結び最後まで団七を助ける一寸徳兵衛、仲間のために戒めの数珠を引きちぎって腕力で突破する老俠客、釣船三婦(つりふねさぶ)。
中でも肝が据わっているのが徳兵衛の妻、お辰だ。磯之丞を預かろうとするが、「美人に若い男は預けられない」と三婦に断られるや、火鉢から赤々と熱した鉄弓をつかんで顔を焼く。痛々しいやけどを示して「この顔でも色気が?」とすごむ場面は圧巻の一言に尽きる。
「男が立たぬ」「女が立ちませぬ」と彼らは引かず、損得抜きの極端な行動に出る。面目が潰れることを最も恥とする、任侠の世界の住人ゆえに。そして団七も、義理より金銭に執着する義平次にしつこく侮辱され、ついに刀を抜く。
殺しの舞台は高津神社の夏祭りの宵宮。だんじり囃子が近付いてくる長町裏で、鬼の形相の団七が義平次にとどめを刺す。裸身にはう、色鮮やかな藍の刺青と真っ赤な下帯が闇夜に浮かぶ。花火のような一瞬の美しさの後に残るのは、獣のような血なまぐさい体臭だ。
「悪い人でも舅は親」と悔やんでも遅い。逃げ去る団七がそれでも魅力的なのは、勧善懲悪のヒーローにはなれない、社会のはぐれ者の悲しい影に惹かれるからなのかもしれない。(田中佐和)