昭和の大阪の下町でたくましく生きる小学5年の女の子「チエちゃん」の日常を描いた漫画「じゃりン子チエ」。アニメにもなり、総発行部数は3千万部超と40年以上親しまれた名作漫画が今月、20代の浪曲師の手で初めて浪曲として披露される。5年前には文庫版の発売が始まり、大阪の書店では「じゃりン子チエブーム」が起きたばかり。世代を超えて愛される理由は、失われた懐かしい風景と変わらない人情にある。
父のテツはけんかとばくち三昧で、母のヨシ江は家出中。「ウチは日本一不幸な少女や」とぼやきながらも、ひと癖もふた癖もある大人たちと渡り合うチエちゃんの奮闘記「じゃりン子チエ」は、昭和53年から平成9年まで「漫画アクション」で連載された。
舞台は架空の町だが、木造のお好み焼き屋や大衆食堂が並ぶ下町の風情は、大阪市生まれの作者、はるき悦巳さんが子供の頃に遊んだ場所をイメージして描いたもの。都市化で失われた大阪のノスタルジーを喚起し、関西の中高年を中心に根強い人気を誇る。
若い世代も巻き込んだ再ブームのきっかけは令和元年、大阪の書店と問屋が「ほんまに読んでほしい1冊」を選ぶ「大阪ほんま本大賞」の特別賞に選ばれたことだった。
全67巻あるコミックス単行本は品切れもあったため、受賞を機に、双葉社が全編に加筆修正を加えた文庫版(全34巻)を発売。大阪の大型書店には特設コーナーが作られるなど、大々的に販売展開されて話題となり、1巻は既に10刷4万部を突破している。
双葉社の担当編集者は、「昔読んでいて懐かしく手に取った方が多いようですが、アニメは見ていたけれど原作は未読だとか、初めて読んだ若い方も少なくないそうです」と語る。
昭和のディープな大阪の物語が、なぜ若い人たちをも引きつけるのだろうか。今回浪曲化に挑む関西浪曲界のホープ、真山隼人さんは29歳。浪曲化を承諾した作者のはるきさんも「(隼人さんという)若い世代の方が『じゃりン子チエ』に関心を持っていただけたことは、とてもうれしいことでした」と喜ぶ。
隼人さんはアニメの再放送を見て漫画を読み始めた。「子供の頃はドタバタ漫画だと思った」が、10代20代と読み返すたびに「笑えるだけじゃなくて切なさもある深い物語。人の心の機微や人情を描いた浪花節の世界だと気付いた」と語る。
浪曲版では、チエちゃんの登場からヨシ江が家に戻るまでの漫画序盤のエピソードをまとめた。気まずい雰囲気の両親の仲を取り持つため、家族そろっての京都旅行の電車内で、チエちゃんが、柄にもなく人前で歌う名シーンも盛り込む。
「無理に子供らしく振る舞うチエちゃんの葛藤はよく分かる」と語る隼人さんも、15歳から浪曲という大人の世界でもまれた。そして29歳の今は、テツのどうしようもなさも、ヨシ江が抱く罪悪感も身に染みる。
「チエちゃんたちは朗らかで、かなしくて、どこかのんき。時代や街が変わっても変わらない日本人の人情が詰まっている」と隼人さん。昭和から読み、語り継がれる「じゃりン子チエ」は、忘れてはいけない人間らしい「心」を呼び起こしてくれる。(田中佐和)
はるき悦巳さん 新しい「じゃりン子チエ」を
浪曲化に当たり「じゃりン子チエ」の作者、はるき悦巳さんが産経新聞にコメントを寄せた。
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“浪曲”というジャンルで「じゃりン子チエ」がどのような表現をされるのかということに大変興味を持ちました。また、真山隼人さんという若い世代の方が『じゃりン子チエ』に関心を持っていただけたことは、とてもうれしいことでした。作品に遠慮することなく、真山さん色の新しい『じゃりン子チエ』を存分に披露していただきたいと思っています。公演が非常に楽しみです。
浪曲「じゃりン子チエ」の会
11月24日に大阪市浪速区の「新世界ZAZA HOUSE」で(午後1時の会はチケット完売、同3時半の会は残席あり)。問い合わせは事務局(090-7869-1309)。