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誰もいない指揮台でも小澤征爾さんの世界表現 SKOが奏でた松本フェスティバルの「奇跡」

産経ニュース 2024年8月25日 10時0分

30年以上前、指揮者の小澤征爾さんが仲間たちと始めた音楽祭が今年も長野県松本市で開かれている。逝去から半年がたつが、仲間と作ってきた音楽は今年も鳴り響いている。音楽祭「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」は、小澤さんの総監督のタイトルをそのままにした。街のいたる所に、写真に「ありがとう」と添えたフラッグがはためいている。

「新しい時代に向けて、大きな一歩を踏み出す今年のフェスティバルを、松本を、僕は心から楽しみにしています」

亡くなる直前の今年1月、小澤さんはこうコメントしていた。すでに若手指揮者の沖澤のどかさんをフェスティバルの首席客演指揮者に招くことが決まっていた。2022年の夏、沖澤さんがフェスティバルのオーケストラ「サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)」を指揮したのを聴いて、「僕は何度も若い時に感じていた冒険の始まりのような、胸の高鳴りを思い出しました」とも残していた。

沖澤さんが登場したのは8月10、11日に開かれたオーケストラ公演。かつて小澤さんがそうしたように、オーケストラの楽員と一緒に、肩を並べて舞台に現れた。まずは、メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」から5曲を振った。小澤さんにはボストン交響楽団を指揮した名盤がある。沖澤さんのタクトもSKOから繊細な音のきらめきを引き出した。

後半のプログラムはR・シュトラウスの作品を並べ、交響詩「ドン・ファン」のあと、最後に作曲家最晩年の管弦楽伴奏付き歌曲「四つの最後の歌」を置いた。近づく死に思いをはせる詩の世界観をソプラノとSKOが幻想的な和声で表現する。沖澤さんは楽員それぞれが発する音をしっかり聴きとり、無駄のない動きで調和させた。曲が終わっても響きはホールに残り、客席はしばらく静寂を守って余韻に浸った。沖澤さんの手が下りて初めて、今度は割れんばかりの拍手で首席客演指揮者の登場を喜んだ。

終演後、関係者を前にあいさつした沖澤さんは、SKO発足のきっかけとなった、小澤さんの最初の師で指揮者の斎藤秀雄さんと小澤さんに触れ、「2人の残してくださったものを、私は時間をかけて掘り下げていきたい」と決意を語った。

17日の夜には「小澤征爾総監督 感謝の会」も開かれた。沖澤さんがモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を振った後、SKOは生前、小澤さんの指揮でよく演奏したバッハの「アリア」や、モーツァルトの「ディヴェルティメント」を指揮なしで披露した。舞台に指揮台のスペースを空けて、SKOが自律的に奏でたのは、小澤さんと作ってきた音楽そのものだった。

小澤さんの長女で作家、SKO代表の征良(せいら)さんは「人が亡くなったら会えなくなるものだと思っていました。でも、父とサイトウ・キネン・オーケストラの皆さんがそうじゃないということを教えてくれました。そのような奇跡に感謝しています」「SKOの演奏を聴いていると、父が一緒にいることをありありと感じる」と時折涙をこらえながら話したが、その表情は澄み切っていた。

会場となったキッセイ文化ホールには、小澤さんの音楽仲間や長野県民が詰めかけ、フェスティバルの実行委員長でもある松本市の臥雲(がうん)義尚市長は「未来永劫(えいごう)続くようにしたい」とした。

夏、松本に行けば小澤さんと音楽祭が愛され続けていることが伝わる。街には、あちこちに小澤さんの姿を映したフラッグがはためき、「フェスティバルを創立した総監督の功績に心からの感謝と敬意を表し、全公演を小澤征爾に捧げます」と記した大型のポスターが掲げられていた。

フェスティバルは9月4日まで続く。(安田奈緒美)

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