全国で広がるブランド米開発や産地間競争に対抗しようと、兵庫県が平成28年から開発に取り組んできた新品種が今年、念願のデビューを果たす。9年間に及ぶ試行錯誤の末、夏の暑さに強く、冷めてもおいしい極上の品種を作り上げた。「コシヒカリ」や「あきたこまち」、「ササニシキ」といった銘柄と並ぶ全国的なトップブランド米になるか、期待が高まっている。
「10年以上、高温障害に悩まされてきただけに、新しい品種の開発を待ち望んでいた」
兵庫県内で35年以上、コメを生産する加古川市の農家、芦原安男さん(80)はこう期待を込める。
芦原さんは自宅近くの田で、草丈が短く倒れにくい「キヌヒカリ」を生産。キヌヒカリは兵庫県で多く栽培され、おいしいと評判だ。ただ、気温の上昇でコメが白く濁る高温障害が出やすく、近年では8月の気温上昇や少雨の影響を如実に受けるようになった。
コメは、農産物検査法の規定により、透明で正常な粒の割合「整粒(せいりゅう)率」で品質が決まる。整粒率70%以上は1等、60%以上は2等、45%以上は3等に分類。兵庫県によると、令和5年までの過去10年間の1等米比率の平均は全国で78・4%だったのに対し、県内産米は57・2%で、キヌヒカリは36・6%だった。
60キログラムあたりの出荷価格は、1等と3等で約1300円の開きがあり、生産者の経営を圧迫。農林水産省によると、今年度の速報値(昨年11月30日現在)では県内産のキヌヒカリの1等米比率は15・2%で、2等の比率が68・5%にも上った。
ノウハウゼロで短期間の挑戦
こうした苦境を打開しようと、兵庫県は平成28年、JAグループ兵庫と協定を結び共同開発プロジェクトを打ち出した。第一弾として取り組んだのが、高温に弱いキヌヒカリに代わる新品種の開発だ。
ただ、酒米の開発には取り組んできたものの、主食用米の開発はほとんど経験していない。コメの新品種開発には通常10年以上かかるが、今回は令和7年と期限も設けられた。「ノウハウゼロ」かつ「短期間」という無謀にも思える挑戦だったが、喫緊の課題を解決するため県やJAなどは総力を挙げた。
「他県のノウハウを取り入れつつ、いかに効率よく進められるか工夫していった」
兵庫県立農林水産技術総合センター農産園芸部の篠木佑さん(43)はこう振り返る。まず平成28年度、篠木さんらは暑さに強い品種と味に定評のある品種を交配して新しい品種をつくる「育種」に挑戦。既に取り組んでいる滋賀県や青森県、秋田県などの研究員らに実際に話を聞くなどしてノウハウを蓄積していった。
令和元年度からは交配により生まれた1万系統の稲を実際に育て、高温耐性や稲穂のボリューム、草型などで5系統に選抜した。4年からは県内各地の農家が実際にキヌヒカリと同条件で栽培し、評価した。
絞り込んだ新品種、2月に公表へ
そして6年度、整粒率が77%でキヌヒカリよりも多く収穫できる系統と、整粒率が80・7%で病気にも強い系統の2品種に絞り込んだ。どちらの品種も「見た目はつやがあり、冷めてもモチモチとした食感でおいしい」といい、担当者は「トップレベルの品質」と自信をのぞかせる。
昨年11月から成分や食感などを調べおいしさを評価する「食味分析」などを行い、今月中に新品種を決定する。2月には名称やロゴなどを決めて公表する予定だ。
「農家には誇りを持って作ってもらい、県民にも誇りを持って食べてもらいたい」と篠木さん。JAの直売店などでキヌヒカリと同等の価格での販売を目指す。(喜田あゆみ)