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「2位じゃダメ」日本発の事業仕分けをインドネシアへ 国を動かし始めた日本人女性の熱意

産経ニュース 2024年9月25日 8時0分

「2位じゃダメなんですか」。15年前の民主党政権下、蓮舫前参院議員のこの発言とともに話題になったのが「事業仕分け」だ。現在も行政事業レビューとして引き継がれ、地方自治体では住民も参加する形で広がっている。そんな日本発の手法が今、海を越えてインドネシアにも浸透しつつある。きっかけは1人の日本人女性の熱意。汚職や縁故主義が〝文化〟と揶揄(やゆ)されることもある同国で、10年以上も草の根で「事業仕分けが必要だ」と伝え続けている。

「事業がうまくいっているという意見が3人、改善が必要だという意見が23人、廃止すべきだという意見が4人でした」

昨年5月、ジャワ島中部グオサリ村で行われた事業仕分け。無作為抽選で選ばれた判定人の住民30人の投票結果が読み上げられると、村の職員は事業見直しを明言した。

仕分けの対象は高リスクの妊婦に雌雄のニワトリを支給する事業。継続的な食事支援が予算的に厳しい中、栄養の豊富な卵を食べ続けられるようにという意向だったが、住民からは「飼育が大変」「目的はいいが別の方法を」といった意見が上がった。住民はこれまで行政プロセスに関わる機会がほとんどなく、会場はさながら〝祭り〟のような熱気に包まれた。

事業仕分けは、行政が事業の背景や目的、実施内容、費用、成果などを事業シートにまとめて可視化した上で、行政職員、外部の評価人、住民の3者で議論して住民が判定を下す手法。この日、冒頭で内容を説明したのが北田多喜(たき)さん(59)=奈良県河合町=だ。

賄賂で動くブラックボックス

北田さんが初めて同国を訪れたのは、関西学院大在学中の交流プログラム。卒業後は言葉もままならないまま現地に渡り、高校の日本語教師になった。その後、生活の中でインドネシア語を身に付け、大使館勤務を経て帰国。フリーランスの通訳に転身した。

同国では1998年に独裁政権が倒れて以降、民主化が進んでいる。日本も支援し、2011年からは北田さんがJICA(国際協力機構)の委託で国会議員などに対する研修の企画を担当。その年に紹介したのが、民主党政権下で注目された事業仕分けだった。

「行政は賄賂や利権で動くブラックボックス。一般市民が関わることはもちろん、知ることすらできず、『自分には関係がない』と思う人が多かった」。こんな状況だった同国で、事業に関するデータや実績を公開し、市民を交えて議論する取り組みは民主主義を根付かせる力になる-。北田さんはそう信じた。

理念を肯定的に受け止める議員や首長らは少なくなかったが、次いで口にされるのは「でも実現は難しい」というフレーズ。先行きが見通せないまま、同国を訪れるたびに粘り強く事業仕分けを紹介し、「もはや趣味になっていた」。

北田さんの熱意は突然、実を結ぶ。外務省が「ハコモノ脱却」「民間主導」の新たなODA(政府開発援助)について検討していた19年、事業仕分けの〝生みの親〟で外務省の事業にも関わっていた政策シンクタンク「構想日本」に対し、北田さんが同国の現状を相談したからだ。これを機に、構想日本が北田さんをプロジェクトマネジャーに据え、ODAを活用した支援を行うことになった。

市民のため「もっと根付かせたい」

構想日本は準備を重ねた上で22年以降、同国の5自治体で計11回の事業仕分けを実施。政治の透明性確保や市民参加を模索する同国政府も期待し、今年7月には今後全国に広めるための覚書を交わした。プロジェクト責任者の尾中健人さん(40)は「一民間組織が政府の協力を得られたのも、北田さんが長年培ってきた人脈と熱量のおかげだ」と話す。

「個人的な思いがこんな大きな話になるなんて夢みたい」と振り返る北田さん。日本発のソフト事業が海外に広まることは日本の存在感向上、ひいては国益につながる-。それがODAの意義だが、北田さんの視線の先にあるのは、あくまで市井の人々だ。

「インドネシアは初めて訪れたときから、なぜか『他人の国』の感じがしない、自分にとって特別な国。市民のための事業仕分けをもっと根付かせたい」(西山瑞穂)

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