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17歳の少女が体験した「関ケ原」 数百年語り継がれた奇跡の戦争文学「おあむ物語」 名作偏愛エマキ

産経ニュース 2024年9月7日 12時0分

明日をも知れぬ戦国の世を生きた、名もなき少女の戦争体験が数百年の後の世に語り継がれる-。「おあむ物語」は奇跡の戦争文学と言っていいだろう。

天下分け目の関ケ原合戦(1600年)の際に起きた籠城戦を戦った17歳のおあむ。西軍を率いた石田三成の家臣の娘で、西軍拠点の大垣城(岐阜県大垣市)に一家で立てこもった。

城での仕事は鉄砲玉の鋳造や、男性らが外で倒した敵の首に化粧を施すこと。身分の高い首は報奨が高くなるため、歯にお歯黒を塗って手柄を立派に見せたのだった。「その首どもの血くさき中に寝たことでおじやつた」。その回想が強烈だ。

大砲が撃ち込まれると城はぐらぐらと揺れ、「いきたこゝちもなく」「ものおそろしや」。鉄砲玉に当たった14歳の弟は、苦しみながら死んでいった。悲嘆に暮れる一家に敵方から矢文が届く。父がかつて徳川家康の手習いの師匠をしていたため、一家を助けるというのだ。

父母、おあむ、家来はひそかにつり縄で城を脱出、たらいを舟にして水堀を渡った。途中、母が産気づいて娘を出産し、田の水を産湯に使って逃げ落ちる場面に胸が熱くなる。

おあむは晩年、周囲の子供たちにせがまれて戦争体験を語り聞かせたようだ。その中の一人が合戦から110年余りたった頃、話を書き起こしたことで物語は息を吹き返した。まさに、時代がこの物語を残そうと計らったとしか思えない。

世界を見渡すと、「夜と霧」はビクトール・E・フランクルがユダヤ人強制収容所から奇跡の生還をしたことで生まれたし、「アンネの日記」は、隠れ家に残された日記を支援者が大切に保管し、家族で唯一の生還者となったアンネの父に手渡されたことで世に出た。

「おあむ物語」は、そんな世界のベストセラーに匹敵する戦争文学といえ、その生々しい肉声が胸を打つ。(横山由紀子)

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