Infoseek 楽天

貝塚のまちで縄文グルメ、巻き貝イボキサゴのうま味濃縮した「日本最古の調味料」活用 深層リポート

産経ニュース 2024年7月6日 8時0分

太古の昔、縄文時代の貝塚として国内最大級の「加曽利貝塚」(千葉市若葉区)は知られていても、貝塚に埋まっている巻き貝「イボキサゴ」の認知度は低い。実は、巻き貝のだしは塩分とうま味を持ち合わせた「日本最古の調味料」と言われ、縄文人の食生活を支えたと伝わる貴重な存在だ。時は流れ、令和の時代。そのイボキサゴを活用した「縄文グルメ」の開発が千葉県内で活発化している。

直径1~2センチと小粒のイボキサゴは、加曽利貝塚などから大量に出土する。現在は東京湾に面した木更津市の盤洲(ばんず)干潟を中心に生息するが、貝自体が小粒なため、身を取り出して食べるのは難しい。

一体、縄文人はどう活用したのか。千葉市埋蔵文化財調査センターの西野雅人所長(61)は「調味料として使われていたようだ」と推測する。「塩分もうま味もあり、縄文人はイノシシやシカの肉に加え、山菜などを入れた土鍋料理のだしとして使った可能性が強い」と語る。

これ、おいしいだしが出るんだよ

縄文時代にあった全国の貝塚の3分の1に相当する約800カ所が東京湾沿岸に集中している。このうち千葉市内だけでも120カ所を超え、大量のイボキサゴが出土している。そんな土地柄もあり、千葉市民ら有志による「縄文グルメ推進委員会」が2、3年前から、縄文時代の食文化を現代の料理に採用し、地域活性化につなげようと動き出した。食品加工会社にも協力してもらい、イボキサゴの濃縮だしの開発に成功した。

開発のきっかけは、西野所長の一言だった。「これ、おいしいだしが出るんだよ」。

7年前、西野所長からイボキサゴの活用方法を耳にしたのは、東京湾を横断する「東京湾アクアライン」の千葉県側にある金田漁業協同組合(木更津市)の組合員、石川金衛さん(59)だ。だしならば流通しやすく、漁師の新たな収益源にもなる-。西野所長の提案に賛同した。

開発成功を機に現代料理への活用が加速した。縄文グルメ推進委メンバーの長田芳喜さん(56)はレストラン「オリエンタル キッチン イタリアーナ」(千葉市中央区)で、イボキサゴのだしを活用したパスタを考案した。

ハマグリやカボチャといった地場食材も組み合わせた。イタリア語でカボチャを意味する「ズッカ」と貝をかけ、「カイズッカ」と名付けた。

長田さんは「上品な感じでだしが効き、好評だ。令和の料理にマッチする」と話す。

おでんのだしにもスープにも

和食にも合う。木更津市の居酒屋「うおべぇ」では開店当初から、名物のおでんのだしにイボキサゴを使ってきた。カツオ節や昆布のだしと組み合わせるが、店主の熊谷祐哉さん(36)は「うま味がある。しっかりとコクがあっておいしい」と話す。

障害者向けの生活介護事業所「ITSUMO」(千葉市若葉区)では、イボキサゴのだしを使ったパスタソースのオリジナル缶詰などを販売し、話題を集めている。

君津市は2月、イボキサゴのだしを使ったキムチ風の縄文スープを市内の小中学生の給食で提供した。児童は「歴史を感じるスープ」「はるか昔にこんなにおいしいスープがあったなんてすごい」と「縄文の味」を堪能した。参加した石川さんもスープをすすった。「パンチの効いたような味ではなく、イボキサゴがのどの奥に隠れているような感じで、うま味がよく出ている」

加曽利貝塚とイボキサゴ 約5000年前の縄文時代中期に形成された加曽利貝塚は国の特別史跡に指定されている。貝塚から出土した貝の9割がイボキサゴで、貝塚の断面にびっしりと積み重なっている。縄文人は沿岸の干潟まで木舟を使って川を下り、イボキサゴなどを採取していたと考えられる。イボキサゴは東京湾の埋め立てが進み、一時は絶滅の危機にあったが、約30年前に復活した。色合いがカラフルで、かつては遊び道具の「おはじき」にも使われていたという。

~記者の独り言~ イボキサゴの存在を知ったのは、千葉県君津市が公立学校の給食で提供した縄文スープの取材。加曽利貝塚にも訪れ、貝塚断面にびっしりと詰まった大量のイボキサゴには驚かされた。「縄文人の暮らしには欠かせない食材」を実感するとともに、給食で「おいしい」と口をそろえていた令和の児童たちの笑顔を思い返した。5000年前、縄文人もイボキサゴのだしを使った土鍋を食べながら「おいしい」を連発していたのだろうか。身近なところから想像力を膨らませることで、自分たちのルーツなど歴史を学ぶ大切さを痛感した。(岡田浩明)

この記事の関連ニュース