Infoseek 楽天

「キモい」「辞めろ」…顧問からの暴言、高校空手部主将が自殺 「指導死」をいかに防ぐか 深層リポート

産経ニュース 2024年8月17日 8時0分

教員の叱責を引き金とした児童や生徒の自殺は「指導死」と呼ばれる。沖縄県立コザ高校で令和3年、空手部主将だった2年生の男子生徒=当時(17)=が自殺したのは、学校側が適切な対処をしなかったためとして、遺族が県に約1億3900万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。亡くなった生徒は、部活動の顧問を務める教諭から「キモい」「部活辞めろ」などと理不尽な暴言を受けて精神的に追い詰められ、自ら命を絶った。

試合に勝っても「まぐれ」

「息子にとって空手は、これまでの人生の全てだった。どんなに理不尽な叱責にも、暴言にも耐えていた」

今月7日、那覇地裁で開かれた第1回口頭弁論。生徒の母親は意見陳述で、涙ながらに「楽しいはずの部活がきっかけとなり、生きることをあきらめてしまった事実に、ただ絶望の毎日だ」と訴えた。

訴状などによると、生徒は平成31年4月、部活動特別推薦でコザ高校(沖縄市)に入学し、空手部に入部。令和2年、主将になると、些細(ささい)なことでも「キャプテンが悪い」などと顧問から叱責を受けるようになった。試合に勝っても「まぐれ勝ち」と認めてもらえず、生徒は「なんで俺ばっかり」と落ち込んでいた。

3年1月28日、部活を早めに切り上げて校外の空手道場に向かおうとすると、顧問は他の部員の前で「もう見たくない」「キャプテン辞めろ」などと暴言を浴びせた。精神的に追い詰められた生徒は翌29日夜、橋から飛び降りた。

顧問だった男性教諭はその後、懲戒免職になった。

「不寛容な生徒指導」

弁護士ら第三者で構成する県の再調査委員会は今年3月、「顧問からの理不尽かつ強烈な叱責が、生徒を自死に至らしめた直接のきっかけとなった」とする報告書を公表した。

報告書によると、顧問だった元教諭は教職員の間で「指導力がある」と高く評価されていた。一方、部員からは「理不尽に怒る」「怒るのは日常茶飯事」との声があった。過去にも別の女子生徒に対する不適切な指導があったものの、学校側は聞き取り調査などの十分な対応をしなかった。

亡くなった生徒と顧問との間には「支配的主従関係」が形成されていた。同校では、校則違反や問題行動を起こした生徒にイエローカードを発行。その回数に応じて段階的に重い処分を課しており、こうした「不寛容な生徒指導」も、一般的な主従関係を超える関係に影響したとされる。

元教諭の叱責に生徒の人格的尊厳に対する配慮はうかがえない。調査委は全ての教職員が「子どもの権利条約」の趣旨を理解し、生徒の人権尊重が最重要とされる学校体制を確立すべきだと提言した。

県教委が今年3月に公表した県立高校の部活動実態調査では1・9%の部員が「暴力・暴言・ハラスメントを受けたことがある」と答え、このうち54・1%の部員が「解決されていない」としている。

千葉大の藤川大祐教授(教育方法学)は「部活動を辞めると学校も辞めなければいけないのではないかと生徒は恐れてしまう」と指摘。「指導死」を防ぐには、教職員らへの指導を徹底するだけでなく、不適切な指導を把握するための無記名のアンケートを実施したり、生徒の相談窓口を設置したりして、「被害者が申し出やすい機会を設けることが必要だ」と話した。

子どもの権利条約 18歳未満の人々の基本的人権を尊重することを目的とした国際条約で、1989年の国連総会で採択され、翌90年に発効。日本は94年に批准した。子供への差別の禁止や虐待の禁止などを規定。子供を独立した人格と尊厳を持つ権利主体と位置付け、暴力や搾取から守られる権利や自由に意見を表明して活動に参加する権利などを守るよう定めている。

~記者の独り言~ 絶望感はいかばかりだったか。主将を務める空手部で全国大会出場を決めながら、顧問から暴言や叱責を受け、進退窮まる心理状況に追い込まれた生徒のことを思うと、胸が痛む。不適切な指導を看過、放置してきた学校側にも強い憤りを覚える。部活動の閉鎖的な体質を改めるのは容易なことではないかもしれないが、二度と悲劇を繰り返さないためにも、現場で問題意識を共有し、実効性のある対策を進めてほしい。(大竹直樹)

この記事の関連ニュース