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日本屈指の相撲どころが正念場 幕内連続141年の青森県出身力士は秋場所で歴史守れるか

産経ニュース 2024年9月7日 11時0分

青森県出身の大相撲幕内力士は明治16(1883)年から一度も途絶えたことがない。その期間、実に141年。日本相撲協会によると、2位・茨城県の42年を大きく引き離す断トツの記録である。しかし、秋場所(8日初日、両国国技館)では幕内に青森県出身は宝富士と錦富士の2人しかおらず、番付も十両まで後がない。日本屈指の相撲どころが正念場を迎えている。

安政3(1856)年生まれで、後に大関まで昇進する一ノ矢が入幕して以来、1世紀半近くに渡って幕内には必ず青森県出身の力士がいた。輩出した横綱は鏡里、初代若乃花、栃ノ海、2代目若乃花、隆の里、旭富士の6人。大関貴ノ浪、関脇安美錦、小結の舞の海、高見盛ら個性豊かな名力士も多い。

この歴史の重さを現役の同県出身力士たちは痛切に感じている。右足首を痛めて秋場所で十両に落ちてしまった阿武咲は「焦りましたよ。誰か幕内に残ってくれればと思っていた」。幕尻に近い宝富士は「記録はめちゃくちゃ気にします。責任というか、ここでストップしたら申し訳ない。途切れたら(同様の記録は)一生ないでしょう」と語る。

今年の春場所で110年ぶりの新入幕優勝を果たした十両尊富士のけがが癒え、幕内に復帰できれば、しばらく記録継続の見通しは立ちそうだ。とはいえ、長い目で見た場合、安泰とは言い難い。秋場所の番付に載った青森県出身力士は序ノ口まで含めて15人。出身地別では1位の東京都53人、2位の大阪府29人などに及ばず14位だ。

青森県相撲連盟によると、今年、県大会にエントリーした小学生は男女合わせて42人だった。同連盟の外崎公隆副理事長は「昔は地区予選があって、上位が県大会に出場していたが、今は全員が出られる。中学生の県大会は30人前後」と説明。相撲人口減の背景を「子供自体が減っているし、家庭で大相撲中継を見ることもあまりないのかな? サッカーとかバスケットボールとか、かっこいいイメージの別競技に行ってしまっているのか…」と推察する。

平成期に活躍した同県出身の西岩親方(元関脇若の里)は「青森の関取が10人前後いた時期もある。(連続幕内の)記録を意識したことはなかった」と振り返り、現状に強い危機感を募らせている。子供が相撲を取らないから相撲を取る環境が減り、さらに相撲に触れにくくなる-という〝負のスパイラル〟に陥っていると感じるからだ。

親方は昨年12月、地元・弘前市で相撲大会「若の里杯」を初めて開催した。特徴は「未経験者の部」をあえて設けたこと。裸になる抵抗感をなくすため、Tシャツとショートパンツでも可とし、大会には約30人の園児を含む250人が参加した。「きっかけ作りです。土俵で1対1で相撲を取る感覚を味わってもらい、1人でも2人でも続けて、将来的に大相撲に入ってもらえれば」。運営経費の自己負担は少なくなかったが、今後も継続していきたいという。

子供たちの道標となり、地元の誇りとなるものこそ、出身力士の活躍だ。親方は「(連続幕内は)数多くの先輩がつないできた記録。途切れる日が来てしまえば、相撲王国・青森の崩壊になる。現役には『じょっぱり(頑固者)精神』で頑張ってほしい」と願っている。(運動部 宝田将志)

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